9月27日の百物語
鬼の腕
東京都の民話
明治になって間もない頃、浅草(あさくさ)に、田宮義和(たみやよしかず)という元侍の男が住んでいました。
田宮はどこで手に入れたのか、『鬼の腕』という、不思議な物を持っていました。
その腕は田宮の言う事を何でも聞き、家の掃除から洗濯、食事の用意から身のまわりの世話まで、田宮は全て鬼の腕にやらせていたのです。
驚く事に銭湯へも鬼の腕を連れて行って、背中を流させたり肩や腰をもませたりしました。
「この腕は、女房みたいなものだ。
いや、人間の女房以上に、よく働くぞ。
それに飯も食わせんでよいし、着物をねだられる心配もない」
ある冬の事。
富山(とやま)の薬売りが、毎年薬を買ってくれる田宮の家へやって来ました。
「こんにちは、いつもの薬売りです」
薬売りがいくら呼んでも、返事がありません。
そこで薬売りは家へあがって、部屋の障子(しょうじ)をそっと開けてみました。
「ウギャーーッ!」
薬売りは、大声を上げました。
なんと部屋の中で、田宮が目をむいて倒れていたのです。
あお向けに倒れた田宮の喉を、鬼の腕がしめつけていました。
やがて知らせを聞いて、田宮の家に役人がやって来ました。
役人は、田宮を調べて言いました。
「うむ。田宮は鬼の腕に首をしめられて、殺されたに違いない」
役人たちは鬼の腕を首から離そうとしましたが、指がしっかり首に食い込んでいて、どうしても離す事が出来ません。
「仕方ない、そのまま連れて行け」
田宮は首に鬼の腕をくっつけたままで、土葬(どそう→死体を火葬せずに、土に埋めること)されました。
埋葬(まいそう)が終わった後、役人の一人が線香(せんこう)をあげながら言いました。
「どうも、この鬼の腕は女のものらしい」
すると、別の役人が不思議そうにたずねました。
「どうして、そんな事がわかるのですか?」
「うむ、あの鬼の腕は、細くてやさしい指をしておった。
だが、ずいぶんと田宮にこきつかわれたとみえて、ひどい赤ぎれじゃ。
どういう経緯で田宮に使われる様になったかは知らぬが、かわいそうな事よ」
役人は線香をもう一本とると、今度は鬼の腕の為に手を合わせました。
おしまい