10月6日の百物語
イラスト sai-sa
ばばいるか
むかしむかし、山の中の一軒家に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
子宝にはめぐまれませんでしたが、二人は人もうらやむほどに、なかむつまじく暮らしていました。
ある日、体が弱くなったおじいさんが言いました。
「ばば、わしもそろそろ寿命じゃ。
いつ死なんならんやもしれんが、わしゃ、死んでも墓にゃ入りとうない。
いつまでも、この座敷に置いてくれ」
それから間もなく、おじいさんは本当に死んでしまったのです。
「じいさまとの約束じゃ。墓に埋めるこたあでけん」
おばあさんはそう言って、おじいさんを生きていた時のまんまの姿で、座敷にかざっておいたそうです。
そして不思議な事に、死んだおじいさんが夜になると言うのです。
「ばばいるか、ばばいるか」
おばあさんはそのたびに
「ああ、ああ、おるわいやあ」
と、返事をしていましたが、毎晩毎晩これでは、用事があっても家を離れる事が出来ません。
そんなある夜、誰かが家の戸を叩きました。
「こんなおそうに、いったい誰やろう?」
おばあさんが戸を開けると、大きな荷物を背負った男が立っていました。
「わたしは薬売りじゃけんど、途中で道に迷うてしまい、日が暮れて困っとる。どうか今夜一晩、泊めてもらえんじゃろか?」
「そりゃあ、なんぎな事で。こがなきたなげな家でよけりゃあ、泊まりんさい」
「ありがたい。地獄で仏とは、この事じゃ。そんなら一晩、お頼みもうします」
こうして薬売りが家に入ると、おばあさんは薬売りに言いました。
「薬屋さん、お客のあんたに頼んではすまんが、ちいとばかり用足しに出てくるからに、留守番をしとってもらえんやろか? じきに戻るけん」
「ああ、そのくらいは、たやすい事。どうぞ、行ってきんさい」
するとおばあさんは喜んで身支度をはじめ、家を出るところで薬売りに言いました。
「実はな、奥の座敷に死んだじいさまをまつってあるが、わしを恋しがって、時々『ばばいるか、ばばいるか』と言うんじゃ。その時にゃあ、『ああ、ああ、おるわいやあ』て言うてやってくだされ」
「はあ? 死んだじいさまを」
話を聞いた薬売りはびっくりしましたが、おばあさんはすぐに出かけてしまいました。
「なんや、困った事になったぞ」
薬売りは逃げ出そうかと思いましたが、でも辺りには他に家がないので、仕方なく留守番を続ける事にしました。
留守番を始めてしばらくすると、奥の座敷から声がかかりました。
「ばばいるか、ばばいるか」
薬売りの心臓がドキンとはね上がりましたが、薬売りはおばあさんに教えられた通りに返事をしました。
「ああ、ああ、おるわいやあ」
するとしばらくして、また声がかかります。
「ばばいるか、ばばいるか」
不気味な声に、薬売りはブルブルと震えながらも答えました。
「ああ、ああ、おるわいやあ」
するとまた、声がかかります。
「ばば、今夜は寒いのう。かぜひかんよう、ぬくうしとれや」
(へっ?!)
さっきとは違う言葉に、薬売りは何と答えて良いか分からず、とにかく教えられた返事をしました。
「ああ、ああ、おるわいやあ」
すると奥から、少し怒った声がしました。
「ばば、わしの言う事を聞いとらんのか!?」
あわてた薬売りは、また同じ返事をしました。
「ああ、ああ、おるわいやあ」
すると奥の座敷で、何かが立ち上がった音がしました。
「ばば、ばば、本当にばばかえ」
そしてふすまがスーッと開いて、奥の座敷から骨と皮ばかりになったおじいさんが出て来ました。
「ウギャーーーー!」
薬売りは悲鳴を上げると、そのまま外に逃げ出してしまいました。
すると骨と皮ばかりのおじいさんも、逃げた薬売りを追いかけました。
「ばば、待ってくれ。わしを置いていくな!」
逃げた薬売りも、追いかける骨と皮ばかりのおじいさんも、二度と戻って来なかったそうです。
おしまい