11月3日の百物語
羅生門の鬼
京都府の民話
今から千年以上もむかし、京の都には酒呑童子(しゅてんどうじ)という、恐ろしい鬼の親分がいました。
酒呑童子は大江山(おおえやま)を隠れ家にして、都へ現れては仲間たちと悪い事を重ねた鬼でしたが、源頼光(みなもとのよりみつ)の家来の渡辺綱(わたなべのつな)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)、坂田金時(さかたのきんとき)の四人が山伏(やまぶし)に姿を変えて、酒呑童子を見事にせいばつしたのです。
酒呑童子をせいばつして都に平和を取り戻した四人は、ある夜に集まってお酒を飲んでいました。
最初はたわいもない世間話をしていましたが、やがて四人の話は羅生門(らしょうもん)というところに夜な夜な現れる化け物の話になり、リーダー格の貞光(さだみつ)がみんなに尋ねました。
「羅生門に住む化け物は鬼だと言われておるが、おのおの方はどう思われる?」
「鬼か、それはありうる事じゃ」
「うむ。おるかもしれんのう」
季武(すえたけ)と金時(きんとき)が言うと、一番年の若い渡辺綱(わたなべのつな)が、むきになって反対しました。
「鬼とは、信じられません。鬼は大江山で、我々が全部退治したではありませんか」
「確かにな。しかし、取り残しがあったかもしれんぞ」
「いいえ。鬼どもは、確かに全部退治したはず」
「まあまあ、そうむきになるな」
「それならいっそ、羅生門に行って確かめてはどうだ?」
「わかりました。では、わたしが確かめに行きます」
こうして渡辺綱が羅生門に行く事になり、仲間の三人は渡辺綱に言いました。
「いいか。本当に羅生門へ行った事がわかる様に、高札(こうさつ)を立ててこいよ」
外に出ると、いつの間にか生暖かい雨が降っていました。
馬に乗って羅生門にやってきた綱は、楼門(ろうもん→二階造りの門)を見上げて辺りを見回しました。
しーんと静まり返り、何かがひそんでいる様な気配はありません。
「ふん、鬼どころか、人一人おらんじゃないか」
綱は鼻先で笑うと、約束の高札を羅生門の門前に打ち立てました。
《渡辺綱。約束によりて羅生門、門前に参上す》
そして綱が帰ろうとした時、暗い柱のかげから一人の若い娘が現れました。
(いつの間に? それにしても、こんな夜ふけに娘が一人でどこへ行くのだろう?)
不思議に思った綱が声を掛けると、娘が答えました。
「わたしはこれから、五条の父のところへ戻らねばなりませぬ。でも、雨が降って道がぬかるみ、困っていたのでございます」
「ほう、五条ならわたしの帰る方と同じじゃ。それなら、一緒に馬に乗っていかれるがよい」
そう言って綱が娘に手を差し伸べた時、娘の姿が鬼に変わったかと思うと、ものすごい力で綱の首をしめつけてきました。
「ぐっ!」
綱が刀に手を掛けると、鬼は首から手を離して空中高く舞い上がります。
「おのれ! きさまが羅生門の鬼であったか」
「アハハハハハッ、今さら分かっても、もう遅いわ!」
空中の鬼が再び綱に襲い掛かりましたが、綱はその攻撃をかわすと、鬼の一瞬のすきをついて鬼の腕を切り落としました。
「えい!」
「ウギャァァァァッ!」
腕を切り落とされた鬼は空中へ逃げると、綱をにらみつけて言いました。
「綱よ、その腕を七日間だけ、きさまにあずける! 腕は必ず、取り戻しに行くからな!」
そして鬼は、空高く舞い上がって消えました。
「やはり鬼がいたのか」
綱は切り落とした鬼の腕を拾うと、戻って仲間たちに見せました。
その鬼の腕は、はがねの様に固く太い腕で、針を突き刺した様な毛が一面に生えています。
「一人で鬼の腕を切り落とすとは、大したものだ」
「全くだ。だが七日の間に鬼が腕を取り戻しに来るのだろう。大丈夫か?」
心配する仲間の言葉に、綱は胸を張って言いました。
「大丈夫。鬼が腕を取りに来たら、返り討ちにしてくれるわ」
その日から綱は、鬼の腕を頑丈な木箱に入れると家の警護をげんじゅうにしました。
綱は鬼の腕からひと時も離れず、昼も夜も見守りました。
そうして何事もなく、七日目をむかえました。
その夜は月の美しい夜で、一人の老婆(ろうば)が綱の家をおとずれました。
老婆が言うには自分は綱のおばにあたる者で、はるばる難波(なんば→大阪)から綱を訪ねて来たと言います。
綱は家来に命じて老婆を追い返そうとしましたが、老婆は必死になって言います。
「綱に会いたい一心で、わざわざ難波から来たのじゃ、もう年で体も弱り、今夜が会える最後かも知れぬ身。どうかばばの願いを聞き届けてくだされ」
そこで仕方なく、綱は老婆を屋敷に入れました。
老婆は綱の顔を見ると、涙を流して喜びました。
「綱や、覚えておいでかい? お前のおばさんじゃよ。お前が子どもの頃、母親代わりに育てたおばさんじゃよ。ところで、この物々しい警護はどうしたのじゃ? 何か悪い事でもあったのか?」
綱は、おばさんの事を思い出せませんでしたが、それでも問われるままに、羅生門の鬼の事を話しました。
すると老婆はとても喜んで、綱に言いました。
「そうかいそうかい。たとえ育ての子とはいえ、その様な手柄を立ててくれたとはのう。おばさんは、うれしゅうてならんわ。ところで綱や。その鬼の腕とやらを、一目だけでも見せてはくれぬか?」
さすがに綱も、それだけは断りました。
「明日ならまだしも、今夜は箱を開けるわけにはいきません」
「明日か。じゃがわたしは、今夜中にどうしても難波に帰らねばならん。それにたとえ鬼が来ても、強い綱がおれば大丈夫だろう?」
こう言われて、さすがの綱も気がゆるみました。
(覚えてはおらぬが、子どもの頃に世話になった事だし)
綱は箱を開くと、中から鬼の腕を取り出しました。
「これが、鬼の腕です」
「おおっ、なんともすごい腕じゃのう。・・・どれどれ、ちょっとさわらせておくれ」
綱が老婆に鬼の腕を差し出したその時、老婆のやさしそうな顔が恐ろしい羅生門の鬼の顔になりました。
「ギャハハハハハッ。綱よ、七日目の夜、この腕をしかともらったぞっ!」
「おのれっ、はかったな!」
綱が刀を抜くもの間に合わず、鬼は自分の腕をつかんだまま空中高く舞い上がり、雲の中へと消えてしまいました。
おしまい