11月10日の百物語
離魂病(りこんびょう)
福井県の民話
むかしむかし、越前の国(えちぜんのくに→福井県)に、原仁右衛門(はらにえもん)という人がいました。
家には奥さんと二歳になる男の子がいて、若い女中さんを一人やとっていました。
ある時、仁右衛門は仕事で、京都へ行く事になりました。
そこで奥さんに、
「わしが戻って来るまで、ふた月はかかると思うので、子どもの事をしっかり頼んだよ」
と、言って、出かけて行きました。
奥さんは若い女中さんだけでは用心が悪いので、もう一人、年寄りの女中さんにも来てもらう事にしました。
ところが年寄りの女中さんはひどくやせていて、時々、のどを詰まらせた様なせきをするのです。
「お前さん、体の方は大丈夫かい?」
奥さんが、心配してたずねても、
「はい、せきが出るのは生まれつきで、ほかに悪いところはありません」
と、言うばかりです。
そこで仕方なく、家にいてもらう事にしました。
さて、仁右衛門が出かけて、三日ほどすぎた夜ふけの事です。
女中さんのひどくせきこむ声に、奥さんは目を覚ましました。
(やれやれ、これじゃ、とても眠れやしない)
奥さんがイライラしていると、せきこむ声が、やがて苦しそうなうなり声に変わりました。
(どうしたんだろう?)
奥さんは明かりをつけて、女中さんたちの寝ている部屋のふすまを開けました。
すると、まくらもとのびょうぶの下に何か丸い物があって、コロコロと動き回っています。
(何だろう?)
不思議に思って明かりを近づけてみると、何と年寄りの女中さんの頭だったのです。
体はふとんの中にあるのに首だけがひもの様に伸びていて、その先にある頭がうなりながら、コロコロ転げ回っているのです。
(ろ、ろっ、ろくろっ首!)
奥さんは、もう少しで悲鳴をあげるところでした。
でも子どもを起こしてはいけないので、じっと我慢すると、もう一度そっと頭を見ました。
年寄りの女中さんはじっと目をつむったままの怖い顔で、まくらもとのびょうぶをヘビみたいにスルスルと登って行きます。
奥さんは何とかして、もう一人の若い女中さんを起こそうとしました。
でも、そんな事には気づかないで、よくねむっています。
そのうちにやっとびょうぶの上に登りついたろくろ首は、ころんと向こう側へ落ちました。
とたんに、激しいうなり声が響きました。
そしてまた、しわだらけの長い首だけが、びょうぶの上でゆらゆらとゆれています。
奥さんはもう我慢出来ずに部屋を逃げ出して、子どものそばへ行きました。
恐ろしくて、体の震えが止まりません。
「奥さま、何かあったのですか?」
騒ぎに気づいたのか、若い女中さんが目をこすりながら部屋から出てきました。
奥さんは黙って、女中さんたちの部屋を指さしました。
するといつの間に首が戻ったのか、年寄りの女中さんも起きて来ました。
「奥さま、何かありましたか?」
年寄りの女中さんも、自分が原因だとは知らずに奥さんにたずねました。
「えっ、いや、それは、お前が、ひどくうなっていたので・・・」
奥さんは、それだけ言うのがやっとでした。
「すみません。みんな起こしてしまって」
年寄りの女中さんは、何事もなかったように自分の部屋に戻りました。
それからは静かになっても、奥さんは怖くて眠る事が出来ません。
次の朝、奥さんは年寄りの女中さんに昨日の事は何も言わずに、他の理由でひまを出しました。
むかしの人は、自分がろくろっ首である事を知らない人を『離魂病』と言いました。
この『離魂病』は本当の病気の様に、人にうつる事があると言われています。
おしまい