11月12日の百物語
床下に埋められた宝のつぼ
むかしむかし、ある侍が修行の旅に出ました。
「ほうぼうの国をめぐって、剣の腕前を磨こう」
この侍、剣の腕前はなかなかのものですが、世間知らずな為にお金をすぐに使い果たしてしまい、今では宿に泊まるお金もありません。
「どこぞに、空家でもないだろうか?」
侍が空家を探していると、町なかにたいそう立派な空家がありました。
「泊まっても、かまわんだろうか?」
侍が近所の人にたずねてみると、
「化け物が出るっちゅううわさですが、それでもいいならお泊まりなさい」
との、返事です。
「ほほう、化け物が出るとは、おもしろい。腕試しに、せっしゃが退治してくれるわ」
侍は喜んで、その空家に泊まる事にしました。
その日の真夜中。
侍がウトウトしていると、床下から黄色い着物を着た小人が現れて、荒れ果てた庭に向かってこう呼びかけました。
「さいわい、さいわい、さいわい」
すると庭の方から、
「へーい」
と、茶色の着物を着た小人が現れて、二人はごそごそと小声で会話を交わしたあと、すーっと消えてしまいました。
(何だ? 化け物とは、これだけの事か。これでは、退治する気にもならん)
侍ががっかりしていると、床下から今度は白っぽい着物を着た小人が現れて、やっぱり庭に向かって、
「さいわい、さいわい、さいわい」
と、呼びかけました。
すると庭の方からまた、
「へーい」
と、さっきの茶色の着物を来た小人が現れて、同じ様に小声で会話を交わしたあと、すーっと消えてしまいました。
そして今度は床下から赤い着物を来た小人が現れて、やっぱり庭に向かって、
「さいわい、さいわい、さいわい」
と、呼びかけました。
すると庭の方からまた、
「へーい」
と、茶色の着物の小人が現れ、小声で会話をすると消えました。
それからは何も現れず、物音一つありません。
(これで終わりか? ・・・よし、今度は、せっしゃがやってみよう)
侍は起き上がると、庭に向かって呼びかけました。
「さいわい、さいわい、さいわい」
すると壊れた石灯籠(いしどうろう)のかげから、
「へーい」
と、茶色の着物を着た小人が現れたので、侍は庭に飛び出ると小人のえり首をつかみ上げていいました。
「さっきからえたいの知れない奴らが、お前を呼び出して、何やら小声で会話をしていたが、お前たちは一体何者だ?」
すると茶色の着物を着た小人が、侍に言いました。
「へい、よくぞ聞いてくだされた。
実はこの空家は、むかしは大変はんじょうしたお店の旦那のお屋敷でした。
その旦那は床下にお金を入れたつぼを埋めたまま、それを誰にも伝える事なく死んでしまったのです。
さっき現れた黄色の着物は、黄金の精。
白い着物は、白銀の精。
赤い着物は、あかがね(→銅)の精でございます。
お金とは、人に使われる為に生まれた物。
それなのに床下に埋められたまま誰にも使われないので、精たちは夜な夜な現れては、
『誰か来て、使ってくれないものか?』
と、わしに言うのでございます」
「なるほど。それでお前は、何者だ?」
「わしは、つぼの精にございます」
「よし、これで納得いった。
お前から、精たちに言っておけ。 『明日の朝にはお前たちを掘りおこして、楽にしてやる』とな」
翌朝、近所の人たちが侍の身を心配して空家をのぞくと、侍は床をはがして、せっせと地面を掘り返していました。
「おーっ、良いところに来た。お前たちも手伝ってくれ」
そこでみんなで床下を掘ってみると三つの大きなつぼが出てきて、中に金と銀と銅のお金がいっぱいつまっていたのです。
その後、侍はつぼのお金で空家を剣術道場に建て替えて、多くの弟子に剣術を教えながら幸せに暮らしたのでした。
おしまい