11月20日の百物語
墓場へ行く娘
むかしむかし、ある田舎に、たいそうな長者(ちょうじゃ)がいました。
長者にはきれいな一人娘がいて、もう年頃です。
そこで長者は、娘に婿さんを取る事にしました。
すると、そのうわさがすぐに広がって、
「よし、自分こそが、婿になろう」
「いいや、おれこそが、長者の娘婿にふさわしい」
と、婿さんの希望者(きぽうしゃ)が、大勢来るようになりました。
ところが、次の朝には、
「あんな恐ろしい娘の婿になるなんて、とんでもない!」
と、誰もが逃げてしまうのです。
さて、この話を耳にした旅の男が、
「これは、何かわけがありそうだ。面白い。別に娘の婿には興味はないが、それをつきとめてやろう」
と、長者の屋敷をたずねました。
この男はひとり者で、なかなかの男前です。
その上、とても度胸があります。
「わしの娘婿になりたいとは、ありがたい。
しかし、娘には変なくせがありましてな、真夜中(まよなか)に、どこへともなく出かけていくのです。
娘がどこへ行って何をしているのか、それを見届けてくれたなら、お前さんを婿に迎えましょう」
「わかりました」
さて、その日の真夜中。
男が娘の部屋の様子をそれとなくうかがっていると、娘がロウソクを手に白い着物姿で現れました。
長い髪を振り乱して、裏庭の方へと出ていきます。
まるで幽霊の様でしたが、男は気持ちを落ち着かせると娘の後をつけていきました。
娘がやって来たのは、何と墓場でした。
「はて? こんな所で、何をするつもりだろう?」
男が物陰からのぞいていると、娘はクワで棺桶を掘り出して、棺桶のふたを開けました。
そして棺桶の中にあった死んだ人の骨をポキンと折って、ポリポリとうまそうに食べ始めたではありませんか。
普通の男なら、『ギャーッ!』と叫んで逃げ出すか、腰を抜かしてしまうところですが、男は度胸をすえて、じっくりと娘の様子を観察しました。
娘は死んだ人の骨をうまそうに食べ終わると、ニンマリとまっ赤な舌で口のまわりをなめながら、屋敷の方へ戻って行きました。
男は娘がいなくなると、棺桶にかけよって中を調べます。
棺桶には、娘が食べ残した骨が散らばっています。
男がその骨を手に取って調べると、フンワリと甘いにおいがしました。
「これは、もしや」
口に入れてみると、なんと甘いアメではありませんか。
「よし、長者に持って行ってやろう」
男は骨の形に作られたアメを持って長者の屋敷へ戻ると、さっそく見て来た通りの事を長者に説明しました。
「そしてこれが、そのアメです。どうぞ、お食べ下さい」
男がアメを差し出すと、長者はにっこり微笑んで、
「いや、食べんでもわかっておる。
それはわしが娘と相談して、アメ屋に作らせた物じゃからな。
実はわしらは、この屋敷の婿にふさわしい、どんな事にも驚かん、気持ちの落ち着いた男を探そうと、度胸試しをさせてもらったんじゃ。
今まで大勢の男を試して来たが、お前さんほどの男はいない。
どうか、娘の婿になっていただきたい」
と、言ったのです。
「いえ、わたしは別に、婿には・・・」
男が断ろうとするのも聞かず、長者は娘を呼びました。
すると、きれいな着物を着た娘が現れて、
「どうぞ、末永く、お願いいたします」
と、おじぎをしました。
「あっ、その、・・・はい。こちらこそ」
次の日、男と娘は三々九度のさかずき(→結婚の儀式)をかわして結婚し、幸せに暮らしたという事です。
おしまい