11月29日の百物語
テッジ
東京都の民話
むかしむかし、八丈島(はちじょうじま→東京都)に、菊池虎之助(きくちとらのすけ)と、いう神主(かんぬし)がいました。
ある日、虎之助は庭に八本柱の立派な蔵(くら)をつくりましたが、何日かすると家の者が言いました。
「夜になるとあの蔵に、何にやらえたいの知れない化け物が出るんです」
「化け物? 神さまをまつっている神主の家の者が、自分の家に化け物が出るとは何事だ! だいたい化け物など、この世にいるはずがないだろう!」
虎之助は家の者を叱り付けましたが、それでもやはり夜になると、蔵の中でおかしな物音がすると言うのです。
「いつまでも、バカな事を言っているではない。夜になると物音が聞こえるのは、新しい蔵の方が居心地が良いと、家にいるネズミどもが引越しでもしているのだろう」
虎之助は家の者にそう言いましたが、けれどもこの事がうわさとなって島中に広がったら大変です。
そこで虎之助は島の若者たちに頼んで、しばらく蔵の中で寝てもらう事にしました。
次の朝、蔵の中から出てきた若者にたずねると、若者たちはニコニコして答えました。
「まだ新しい木の香りがして、とても気持ちがよかったです。朝まで一度も、目を覚ましませんでした」
それを聞いて、虎之助は家の者たちに言いました。
「それみろ。つまらない事を言わずに、お前たちも今夜から蔵の中で寝たらどうだ? ぐっすり休めるぞ。あはははは」
ところが次の朝になると、若者たちは青い顔をして蔵の中から出てきたのです。
「何か、あったのかね?」
「実は夜中に蔵がギシギシとゆれだして、昨日の夜はぜんぜん眠れませんでした。蔵が潰れるかと思いましたよ。もう、こんな恐ろしいところで寝るのは嫌です!」
若者たちは、逃げる様に帰ってしまいました。
「仕方がない。自分で確かめるか」
虎之助は夜になると刀(かたな)を手に庭のかたすみに隠れて、蔵の様子をうかがう事にしました。
そして蔵のわきにある大木のてっぺんの枝に、ちょうど十三夜のかけた月がかかった時です。
ざわざわと裏山の木々がゆれたかと思うと、二メートルを超える大きな物が蔵の戸口にとりついて、カギのかかった戸を無理やり開こうとゆさぶりはじめたのです。
おかげで蔵は、船の様にグラグラとゆれました。
(なんだ、あれは?)
その時、大きな物は人の気配を感じたのか、隠れている虎之助の方を見つめました。
大きな物の顔には茶わんほどもある大きな目玉が白く光っており、口から吐く息は炎の様に赤く燃えて、葉っぱをまとった体の胸から上は裸です。
それにそれは女なのか、長くたれ下がった右のおっぱいを左の肩に、左のおっぱいを右の肩にひっかけていました。
「あいつは、テッジだな」
虎之助が、小さくつぶやきました。
テッジとは、八丈島の山に住んでいると言われる化け物です。
虎之助はテッジなど信じていませんでしたが、目の前にいるのはテッジ以外に考えられません。
(しかしどうしてテッジが、新築したばかりのわしの家の蔵へやって来たのだろう)
テッジは再び蔵の方へ向き直ると、また激しく蔵をゆすりました。
(神主の家が化け物に襲われるなんて、笑い事ではすまされぬぞ。・・・よし、今だ!)
虎之助は両手で刀をにぎりしめて、体当たりする様にテッジの体に突き刺しました。
「ギャォーーーーーッ!」
テッジは大声をあげて身をひるがえすと、風の様に裏山へ逃げて行きました。
次の朝、虎之助は家の者と一緒に、テッジの血の跡をたどって山へ入りました。
しかし点々と続く血の跡は、大きな岩の前で消えていました。
その後、テッジは二度と現れませんでしたが、その時に岩の前まで続いていた血の跡は人間の様な赤色ではなく、たまごの黄身の様な黄色だったという事です。
おしまい