12月6日の百物語
歌よみ幽霊
むかしむかし、あるところに、立派な空家がありました。
「空家のままでは、もったいない」
大家さんが空き家に《貸し家(かしや)》の札をはると、すぐに借り手が見つかりました。
ところが二、三日すると、借りた人は逃げる様に出て行ってしまいました。
「これでまた、空家か」
大家さんが再び《貸し家》の札をはると、今度もすぐに借り手が見つかりました。
しかしまた二、三日もすると、逃げる様に出て行ったのです。
こうした事が、何度も繰り返されます。
「いったい、どうしたわけだろう?」
大家さんが首をひねっていると、通りかかった人が教えてくれました。
「大家さんのくせに、事情を知らないのかい。あの空家には、幽霊が出るとのうわさだよ」
どうやらこのうわさは町中に広がっており、知らないのは大家さんだけのようです。
「うわさのせいで、借り手が来なくなったな。いっその事、家を取り潰そうか?」
大家さんがそう考えていると、怖い物知らずで有名な男がやって来て言いました。
「面白い。おれが幽霊を見届けてやろう」
その夜、男が空家のいろりのふちで幽霊が現れるのを待っていると、家の奥の方からミシッ、ミシッと、怪しげな音を立てながら、長い髪を乱した女の幽霊が現れました。
幽霊は男に見向きもしないで、男と向かい合う様にいろりのふちに座りました。
(なんだこの幽霊、おれを無視するのか?)
男がじっと幽霊を見ていると、幽霊はいろりの灰をかきまぜながら、
♪かきまぜる灰は
♪はまべのいろににて
と、言って、しくしくと泣き出しました。
それを何度も繰り返すので、男は、
(これはきっと、歌の後ろ半分が出来ない為に、成仏出来ないのだろう)
と、考えて、幽霊がまた、
♪かきまぜる灰は
♪はまべのいろににて
と、言った時に、すかさず、
♪ゆるりが海か ※
♪おきのみゆるに ※
と、歌の後ろ半分を、読んでやりました。
すると幽霊は初めて男の方を見て、ニッコリ微笑みました。
「良い歌が出来て、心残りがなくなりました。これで成仏できます。ありがとうございました」
幽霊はお礼を言って、すーっと消えました。
その後、この空家に幽霊は二度と現れなかったそうです。
おしまい
※ゆるりは、いろりの事。
※おきは、海のおきと、いろりのおき火をひっかけた言葉です。