12月24日の百物語
怒った石灯篭(いしどうろう)
むかしむかし、ある藩(はん)に、ご城代役(じょうだいやく)を務めている侍がいました。
この侍は大変、風流(ふうりゅう)を好む人です。
ある日の夕暮れ、城代が近くの川原をぶらりぶらりと歩いていると、畑の中に何か黒い物が立っていました。
(はて? 灯篭(とうろう)の様であるが)
そばへ行って見ると、古びてはいますが立派な石灯篭です。
(ふーむ、これは見事。なかなかの名工(めいこう)が作ったに違いない。それにしても、なぜこんなところに?)
不思議に思った城代は、近くで畑を耕しているおじいさんにたずねました。
「これこれ。ちょっとたずねるが、なぜこの様な畑の中に、灯篭が立っておるのじゃ?」
するとおじいさんは、相手がご城代役とは知らずに、『妙な事を聞くお侍じゃ』という様な顔で答えました。
「へえ、へえ。
この石灯篭は、ずいぶんむかしからここにあった物だそうで。
わしの親から聞いた話では、決してこの灯篭を、いじくってはならぬとの事。
万が一にも、これを取り除けますと、その者にたたりが来ると申しておりました」
「なに。たたりとな?」
「へえ。わしら百姓には邪魔な灯篭ですが、親からの言い伝えなので、このままにしております」
「ふーむ。なるほど」
城代は、その石灯籠をつくづくと見つめました。
形はいいし、美しいこけが一面に生えていて、いかにも上品です。
こんな畑の中に置くのは、どう考えても、もったいない品です。
(これを城内の庭に置いたら、さぞよかろうに)
そう思いながらも、その日はそのまま帰りました。
城に戻った城代は、家来に石灯篭の事を調べさせました。
けれど、むかしその場所にお寺が建っていたというだけで、それ以上の事は何もわかりません。
「石灯籠もあんなところにあるよりも、城の庭に置かれた方が喜ぶであろう」
城代はそう考えて、家来たちに石灯籠を持って来させました。
そして庭に運ばせて、築山(つきやま→庭園などに、山に見立てて土砂または石などを用いてきずいたもの)の植え込みの間に立てさせました。
すると庭が、一段と立派になりました。
「なるほど、これはよい」
石灯籠を気に入った城代は、日が暮れるまで庭をながめていました。
その日の夜更け、
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン
と、激しくお城の門を叩く者があります。
そして叩きながら、何かをしきりにわめいている様子です。
門番が飛んで行くと、外から声がしました。
「自分は、堀貫(ほりぬき)の彦兵衛(ひこべえ)と申す者。すぐに、ここを開けよ」
門番が扉のすきまからそっとのぞいてみると、月明りの下に一人の男が仁王立ちに立っていました。
頭髪をわらで束ねて、ぼろ着物を着て、腰を荒なわでしばったむさくるしい男です。
(何とも汚い男だ)
門番は、男があまりにも汚い身なりをしていたので、門を開けずにいました。
すると男は、雷の様な大声でわめきたてたのです。
「ご城代どのに! 堀貫の彦兵衛が! まいった事を! 急ぎ、お知らせ願いたい!」
(この夜更けに、とんでもない奴じゃ!)
門番は無視をして、番小屋に戻ろうとしました。
すると外から、
「やっ!」
と、ひと声、声が聞こえたかと思うと、男が門を飛び越えて中に入ってきたのです。
「くせ者、くせ者でござる!」
門番がそう言ったとたん、門番は男に倒されてしまいました。
翌朝、家来の一人が門の近くへ行くと、門番が地面に倒れて気絶しているではありませんか。
介抱(かいほう)されて気がついた門番が昨夜の事を話しましたが、誰も信じてはくれませんでした。
その日の夜更け、
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン
と、また激しく門を叩く者があります。
門番が近づくと、
「堀貫の彦兵衛でござる。ご城代どのに、お目通り願いたい」
と、言うのです。
門番は昨日とは違う者でしたが、昨夜の出来事は聞いていました。
(あの話は、本当であったのか)
気味悪く思った門番が、どうしようかと考えていると、
「えいっ!」
と、彦兵衛と名乗った男が門を乗り越えて、屋敷の方へ走って行ったのです。
彦兵衛は城代の寝間(ねま)に入ると、その枕元に仁王立ちに立って、雷の様な声で怒鳴りつけました。
「その方! なにゆえあって、我が石灯篭を奪ったのじゃ!
あの石灯籠は、我なきあとのしるしとして、ほんの形ばかりを残したもの。
すぐさま、元に返せばよし。
さもなき時は、うらみをなさん!」
それを聞いた城代は、枕元の一刀を取るなり、
「無礼者っ!」
と、彦兵衛に切りつけました。
しかし刀は、
カチーン!
と、石を叩いた様な音とともにはじかれ、彦兵衛の姿は消えてしまいました。
夜が明けると、城代はすぐに庭へ出て行きました。
そして築山の植え込みに立っている石灯篭を調べてみると、笠石(かさいし)のところに昨夜の刀の傷跡がはっきりと残っていたのです。
「うむ。この石灯籠には、よほどの深い訳があるに違いない」
城代はその日のうちに、石灯籠を元の場所に返しました。
それからは、あの彦兵衛が現れる事はありませんでした。
おしまい