3月17日の小話
あわて医者
むかしは、ひとかどのお医者さまになりますと、わきざしといって、こしにみじかい刀をさして、仕事に出かけたものでございます。
さて、ここに、たいヘんあわてもののお医者がおりました。
ある日のこと、だんなが急病なので、いそいでくるようにと、よばれました。
「それっー!」
と、ばかり、家を出たのですが、あんまりあわてたもんで、わきざしとまちがえて、ゴマなどをすりつぶす、すりこ木をこしにさして出かけました。
無事に、しんさつをすませて、お屋敷から帰るときでした。
その家のおくさんがわきざしをさし出そうとすると、なんと、それが、すりこ木です。
おかしいのをこらえて、
「ぷぷっ、・・・せっ、先生。どうぞ、お協差を」
と、さし出しました。
医者は、ハッと、気がついて、
「これは、これは」
と、うけと、はずかしそうにいいました。
「こうしたことに気をくばるのは、妻の役目。帰りましたら、うっかり者の妻を、よく、しかっておきましょう」
あいさつもそこそこにして、家ヘすっとんで帰ったのですが、医者は家をまちがえて、となりの家ヘ、飛びこんでしまいました。
そして、
「おい、このまぬけめっ!」
ぬいものをしているとなりの女房の前に、立ちはだかって、どなりました。
「わしに、すりこ木をわたすとは、なにごとだっ! おかげで、とんだはじをかいた。えい、この、ふとどきものめっ!」
「まあ、となりの先生。いったい、何のことでございます」
「へっ? あっ! ややっ!」
医者はあわてて自分の家へ入り、今度は自分の女房の前に、ぴたりと両手をついて。
「ただいまは、とんだご無礼をもうしました。どうぞ、どうぞ、ごかんべんくださいませー」
おしまい
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