1月15日の日本民話
勝海舟の写し本
東京都の民話
明治時代を築くのに大活躍をした人物に、勝海舟がいます。
彼は下級旗本だった父親の期待を受けて、蘭学や剣術をよく学び、三十三歳の若さで幕府の役職に就きました。
長崎では海軍技術を学び、1860年、アメリカに向かう成臨丸の艦長として、日本人による初の太平洋横断航海を成功させた人物です。
また弟子の坂本竜馬とともに、海軍操練所をつくっています。
その後も反幕府派との関係修復に力をつくした勝海舟は、1868年、江戸を攻めようとする官軍に江戸城を明けわたして、江戸を戦火から守った人物です。
これは、その勝海舟が若い頃のお話しです。
勝海舟は大変な勉強好きですが、お金がないので毎日のように古本屋に通って本を読んでいました。
ある日の事、勝海舟が読んでいた兵法(へいほう→戦術)の本が見当たりません。
そこで勝海舟は、古本屋の主人にたずねました。
「主人、あの本はどこにあるのだ?」
「はい、あの本とは?」
「昨日までこのたなにあった、兵法の本だ」
「ああ、あれですか。申し訳ございません。あれはさきほど、四谷の奉行所のお役人さまが買われていきました」
「四谷の・・・。おおっ、そのお役人なら知っているぞ」
そこで勝海舟は、さっそくその役人の家まで行くと、
「どうか、あなた様がお買いになった兵法のご本を、わたしに貸してください」
と、頼み込んだのです。
でも、その役人は、
「だめだ、だめだ。今買ったばかりで、まだ読んでいないのだから」
と、断りました。
しかし、ここであきらめるような勝海舟ではありません。
「では夜に、ご本をうつさせていただいてもよろしいでしょうか? あなた様が、おやすみになった後で」
「うむ、まあ、それならいいが。しかしあれは、かなり分厚い本だぞ」
「はい、承知しております」
そしてそれから毎晩、勝海舟は夜になると役人の家にやってきて、朝になるまでずっと本をうつし続けたのです。
やがて、半年がたちました。
ある秋の朝、勝海舟は起きてきた役人に、深々と頭を下げて言いました。
「おかげさまで、全部うつし終わりました。ありがとうございます」
それを聞いて、役人はびっくりです。
「あれを、全部うつし終えたのか? なんとも感心な人だ。それほど気に入った本なら、あなたに差し上げましょう」
「いえいえ、とんでもない。それにわたしは、うつさせていただきましたから」
すると役人は、頭をかきながらこう言いました。
「あはははは。
いや実はね、あの本は読むためでなく、人に自慢するために買ったんだよ。
『わたしは、こんなに難しい本を読んでいますよ』ってね。
試しに少しだけ読んでみたが、ぜんぜんわからなかったよ。
あはははは」
おしまい
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