1月30日の日本民話
山下淵(やましたぶち)の大なまず
長崎県の民話
むかしむかし、諌早(いさはや)に、中村大蔵(なかむらたいぞう)という、腕の良い刀鍛冶がいました。
ある時、大蔵は神社へ納める神剣を作ろうと思いたちました。
そしてそれから百日の間、大蔵は水をかぶって身を清めると、朝から晩まで一心に刀剣を打ち続けたのです。
そんなある日の事、大蔵の前に一人の女が現れました。
「お願いがござります。どうか私に、鋭いモリを一本作って下さい」
「いや、今は打ち込んでいる仕事がありますので」
「お願いします。どうしても必要なのです」
女があまりにも熱心に頼むので、大蔵はついに引き受ける事にしました。
「わかりました。では、三日後に来て下さい」
それから三日後の夜、女は大蔵の作った見事なモリを見るととても喜んで、
「ありがとうございます。これはほんのお礼のしるしです」
と、何と銀ののべ棒を差し出したのです。
大蔵は驚いて、押し返そうとしましたが、
「いいえ、どうかお受け取り下さい。あなたさまの立派なモリは、この銀でも足りぬほどです」
「そうですか、それならありがたく頂きます。
しかし、あなたは一体どなたですか?
そしてなぜ、このモリが必要なのですか?
もちろん他言は致しませぬゆえ、どうかお聞かせ下され」
大蔵が言うと、女はそっとあたりをうかがい、声をひそめてこんな事を言いました。
「実はわたしは、お城の近くの山下淵の主なのです。
ところが近頃大なまずがやって来て、私の子どもたちを次々と食い殺してしまいました。
この上は、憎い大なまずを殺して子供たちの仇を討ちたいと、あなたにお願いに来たのです」
「何と・・・」
大蔵が驚いていると、女は続けて、
「仇を討ったあかつきには、今後淵では、人の命を取らぬ様に致します」
と、それだけ言って、姿を消してしまいました。
さて、その翌日。
山下淵に、見た事もない様な大なまずの死がいが浮かびました。
その話しは、殿さまの耳にも届きました。
その頃、山下淵では魚を取る事を固く禁じられていました。
家来が調べて見ると、なまずの心臓に一本の鋭いモリが突き刺さっています。
見るとそのモリには、はっきりと『中村大蔵』という銘(めい)が刻まれているのです。
「中村大蔵を、ひったてい!」
ただちに大蔵は縄をかけられて、お城の庭に引き出されました。
「なまずを殺したのは、自分でありません」
大蔵は、言いましたが、
「では、誰が殺したというのだ?」
「それは・・・」
主との約束を破る事は出来ないので、仕方なく黙っていました。
「黙っておる所を見ると、やはりお前の仕業だな!
魚を取ってはならぬとの禁を破った上、罪を認めぬとは!
さっそく、処罰を与えてくれるわ!」
殿さまはかんかんに怒ってしまいましたが、家来の一人が、
「殿、お待ち下さい。
モリを作ったのは、確かに大蔵でしょう。
しかし自分の仕業に、わざわざそれを分かる様な名を刻む事はいたしますまい」
と、取りなしてくれたので、太蔵は罪を逃れる事が出来ました。
この事があってから、大蔵は城下から遠く離れた深海(ふかみ)の里に移り住み、そこで多くの名刀を残したそうです。
そしてあの淵の主は大蔵との約束を守って、あれ以来、山下淵でおぼれ死ぬ者は一人としていなかったと言う事です。
おしまい
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