2011年 1月3日の新作昔話
浮称堂(じょうしょうどう)のきず薬
奈良県の民話
むかしむかし、浄称堂というお寺に、とても心正しい和尚さんが住んでいました。
和尚さんは悪い事をした人がどんなに偉い人でも、心の底から反省するまで許しません。
でも、本当に悪かったと心の底から反省すると、その人の力になろうと手を差しのべてくれるのでした。
ある夜の事です。
和尚さんが便所に行くと、どこからか手が出てきて、おしりの穴にさわりました。
おどろいた和尚さんは、おしりの穴をとられては大変と、ふところから小刀を出してその手を切り落としました。
すると外の方から、
「あーん、あーん」
と、泣き声がします。
便所を出てみると、外で泣いていたのはカッパでした。
「和尚さん、おらの手を返してくれよー」
「いかん! 人のおしりから、大事な物を取ろうとした罰じゃ。何と言っても、お前の手は返さぬからな。さっさと、出て行け!」
和尚さんにどなられたカッパは、泣きながらどこかへ行ってしまいました。
次の日の夜、和尚さんが寝ていると、
♪とんとん、とんとん
と、戸をたたく者がいます。
(誰じゃ? こんな夜中に)
和尚さんが戸を開けてみると、立っていたのは昨日のカッパでした。
カッパは、しょんぼりした顔で和尚さんに言いました。
「和尚さま、おらの手を返してください。
昨日は、おらが悪かったです。
もう二度と、あんな事はしません」
「うむ、・・・・・・」
和尚さんはしばらくの間、腕組みをして考えるまねをしました。
本当の事を言うと、和尚さんもカッパの手を切ってしまったのは、かわいそうだったと思っていたのです。
でもすぐに手を返したら、カッパはまたいたずらをするかもしれません。
和尚さんはしばらくしてから、カッパにこう言いました。
「今日は、だめじゃ。
お前には、まだ反省がたりん。
だが、本当に二度といたずらをしないと決心できたなら、もう一度来い。
その決心が本物なら、その時は手を返してやろう」
「・・・はい、また来ます」
カッパは頭を下げて、月明かりの中を帰って行きました。
次の日の夜、またカッパがやって来ました。
「和尚さま、おらは心の底から、二度といたずらをしないと決心しました。
その証拠に、カッパの宝を和尚さまに差し上げます。
カッパの宝は薬で、この薬を塗ればどんな傷もぴたりとふさがって、すぐに治ってしまいます」
カッパはそう言うと、貝がらに入れた薬を差し出しました。
「うむ、その薬が本物なら、お前の言葉を信じてやろう」
和尚さんはカッパに手を返してやると、言いました。
「その薬が本物なら、この手をぴたりとつけてみろ」
「はい」
カッパはこくんとうなずいて、切られた手の切り口に薬を塗りました。
そして切られた手を自分の体につなげると、本当にみるみるうちに傷口がふさがって、つなぎ合わせたあともきれいに消えてしまいました。
そしてカッパは、つないだ手を曲げたり伸ばしたりしてみせました。
「これはすごい。だがその薬、カッパだけに効くのではあるまいな」
「はい、カッパほどではありませんが、人間にも効き目があります」
そう言ってカッパは、和尚さんに薬の作り方を教えました。
和尚さんはにっこり微笑むと、カッパに頭を下げました。
「ありがとう。
この薬のおかげで、多くの人が助かるだろう。
お前は多くの人を助けたカッパとして、これから先、何百年も語りつがれるだろう」
「えへへ」
カッパは恥ずかしそうに笑って、和尚さんにぺこりと頭を下げると浄称堂を出て行きました。
それから和尚さんはこの薬に金創(きんそう)と名前をつけて、切り傷に苦しむ人たちに分けてあげました。
この薬は人間にもよく効いて、浄称堂のきず薬はとても有名になりました。
おしまい
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