2011年 6月6日の新作昔話
古木の血 弘法話
三重県の民話
むかしむかし、三重のある村の長者が庭に出て涼んでいると、西の空が明るく光り輝いているのが見えました。
「はて。あれは、何の光じゃろうか?」
不思議に思った長者が行ってみると、となり村とのさかいにある小さな湖に枯れ木が浮いていて、それがまばゆい光を放っているのでした。
「これは湖の底にあるという、竜宮御殿に使われている木の一部にちがいない」
長者が枯れ木を湖から引き上げると木は光らなくなりましたが、長者はそれを家に持って帰って大切にしました。
それからしばらくたったある日、旅の途中の弘法大師(こうぼうだいし)が、この村を通りかかりました。
大師が来たことを知った長者は、大師を自分の屋敷に招いてもてなすと、あの光る枯れ木の話をしました。
すると大師は、床の間に置かれていた枯れ木をじっと見つめて言いました。
「確かに、この木からは、ただならぬ力を感じる。
もしよろしければ、この木で地蔵菩薩(じぞうぼさつ)の像を彫りたいと思うが、いかがであろうか」
「それはそれは、まことにありがたいことで」
有名な大師が彫ってくれるというので、長者は大喜びです。
大師は長者から一本のノミを借りると、菩薩像の頭から彫っていきました。
カーン、カーン。
大師がひとノミ入れるたびに、枯れ木は不思議な光を放ちます。
さすがの大師も、少し興奮気味です。
ところが一心に刻んでいって、菩薩像を腰のあたりを彫り進んだとき、突然枯れ木から真っ赤な血が流れ出たのです。
これには大師も驚いて、
「ぬぬっ。この木は、生身の菩薩じゃ。わたしの様な未熟者では、これ以上木を刻む事は出来ません」
と、言うと、がっくりと肩を落として彫るのをやめてしまいました。
こうして腰から下が未完成の菩薩像は村のお寺へと移されて、お寺の本尊としてまつられたという事です。
おしまい
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