2011年 8月1日の新作昔話
人食い和尚
むかしむかし、快庵(かいあん)という、とても偉いお坊さんがいました。
そのお坊さんが、修業の旅をしている頃のお話です。
日が暮れてきたので、お坊さんは一晩泊めてもらおうとある村に立ち寄ったのですが、畑仕事をすませた村人たちはお坊さんを見るなり、
「山の鬼が来たぞ!」
と、大声で叫びながら、手にしたクワや天秤棒(てんびんぼう)で殴りかかってきたのです。
「こら! いきなり何をする!」
お坊さんは素早く身をかわし、そのはずみでかぶっていた青いずきんが落ちたので、村人たちは人違いだとわかったのです。
村人たちはお坊さんに深々と頭をさげると、お坊さんにこんな話しをしました。
「この村の近くにお寺があり、そこに心優しい和尚さまがいました。
和尚さまには、とても可愛いがっていた一人息子がいたのですが、突然の病気に亡くなってしまいました。
和尚さまはあまりの悲しさに、息子が死んでしまった事を認めようとはせず、生きていた時と同じように抱いたりおぶったりしていました。
ですがそのうちに、その息子の体が腐り始めて、ひどい臭いを村中にまき散らしたのです。
そこで我々が、なんとか和尚さまと息子の亡きがらを引き離そうとすると、和尚さまは『大事な息子を取られるぐらいなら』と、その息子の肉や骨を食べてしまったのです」
「それは、ひどい!」
お坊さんは、思わず顔をそむけました。
村人たちは、そのまま話を続けました。
「そしてその時に、人肉の味を覚えてしまった和尚さまは、毎晩のように村の墓場へやって来ては墓を掘り起こして、死体をむさぼるようになったのです。
あの心優しい和尚さまは、人食い鬼になってしまったのです。
それで我々が人食い和尚さまを退治しようと待ちかまえていたところへ、あなたさまがやってきたので、間違えて殴りかかってしまいました。
どうか、お許しくだされ」
村人たちはお坊さんに、もう一度深々と頭を下げました。
お坊さんはそれに頷くと、
「話しは、わかりました。
殴りかかられた事は、もう怒ってはいません。
それよりも、この地にわたしが訪れたのも何かの縁です。
人食い和尚の事は、わたしが何とかしましょう」
お坊さんはそのまま、村人に教えてもらったお寺へと出かけました。
しかしそのお寺はずいぶんと荒れ果て、まるでお化け屋敷のようです。
「すみません。わたしは旅の坊主です。どうか今夜一晩、ここに泊めて下され」
お坊さんが声をかけると、寺の奥からやせこけた和尚さんが現れました。
そして、お坊さんをするどい目で見ると、
「どこへでも、好きな所で休むがよい」
と、言って、そのまま奥へ入ってしまいました。
その夜ふけ、お坊さんが寺の本堂で座禅を組んでいると、あの和尚さんがやって来て、あたりをキョロキョロ見回しながら何かを探し始めました。
目の前に座っているお坊さんには、まったく気がつかない様子です。
そして一晩中、何かを探していた和尚さんは、やがて疲れ果てて、ばったりと倒れてしまいました。
間もなく東の空が明るくなると、和尚さんは夢からさめたように起き上がりました。
そしてお坊さんに気付くと、へなへなとしゃがみ込んで言いました。
「わたしの目は死人を食べてから、もう死人しか見えなくなってしまいました。
わたしは、もう人間ではありません。
しかし死ぬときは、人間として死にたい。
そのためなら、どんな苦行にも耐えます。
どうぞわたしを、お助けくださいまし」
和尚さんは、お坊さんに涙をこぼして頼みました。
「わかりました。そのお覚悟があるのなら、ここへお座りなさい」
お坊さんは和尚さんを大きな石の上に座らせて、自分のかぶっていた青ずきんをその頭にかぶせてやりました。
「この石の上で、一心にお経を唱えれば、いつか人間の心に戻れるはず。それまでは、どんな事があっても動いてはなりません」
そう言って、お坊さんはお寺を出ていきました。
さて、それから一年後、お坊さんは再び、あのお寺を訪ねてみました。
するとお寺は一年前よりもさらにひどく荒れ果てて、今にもくずれそうです。
「まさか、まだ人に戻っていないのか?」
お坊さんは和尚さんに念仏を唱えるようにいった、大きな石の所へ行ってみました。
するとあの石の上に、まるでガイコツのようにやせ細った和尚さんが、蚊の泣くような声でまだ念仏を唱えていたのです。
「このおろか者! 人間として死にたいのではなかったのか! まだ人間に戻れぬのは、お主の心にまよいがあるからだ!」
お坊さんは、持っていた杖を振り上げました。
「しかたがない。わたしが、お主を成仏させてやろう。・・・かっ!」
お坊さんはするどく叫んで、和尚さんの頭に杖を打ちおろしました。
すると和尚さんの体は一瞬にして砕け散り、そのあとには青いずきんだけが残りました。
その後、村人たちは、この荒れ寺を新しく建て直すと、新しい和尚さんが決まるまで、このお坊さんに住んでもらったそうです。
おしまい
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