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第 278話
朝茶は難逃れ
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むかしむかし、下野の国(しもつけのくに→栃木県)のある村に、たろべえというお百姓がいました。
ある日の事、たろべえが畑仕事をしていると突然に役人がやって来て、たろべえを捕まえてしまったのです。
「なんだなんだ? どうしてたろべえが?」
びっくりした村人たちは、たろべえが連れて行かれた代官所へに行ってみましたが、代官所の門番たちは村人たちを中へ入れてくれません。
そこで村人の一人が役人に何とか事情を聞いたところ、たろべえは一揆(いっき)を起こそうとした罪で、はりつけの刑にされるというのです。
はりつけの刑とは、死刑の事です。
「たろべえが一揆だなんて、何か間違いだ!」
「そうだ。たろべえは、何もしていないぞ!」
村人たちが口々に訴えましたが、役人たちは聞き入れてくれません。
数日後の朝、たろべえがはりつけの刑を受けるために処刑場へと連れて行かれました。
「もはや、これまでか」
村人たちがあきらめて帰ろうとすると、突然、代官所の中から大きな声が聞こえて来ました。
「開門! 開門!」
門が開くと白はちまきにたすきがけの役人が、馬に乗って現れました。
役人は、門の前にいる村人たちに言いました。
「たろべえは、無実とわかった。これから処刑を止めさせに行く!」
役人は馬にひとムチ当てると、処刑場へ向かって馬を走らせました。
「よかった、よかった」
「これで、たろべえは助かるぞ」
門の前にいた村人たちは手を取って喜びながら、馬のあとを追いかけました。
ちょうどその頃、処刑場では、たろべえの処刑の準備が行われていました。
見張りの役人が、たろべえに声をかけます。
「どうだ。朝の茶でも、一杯飲まんか?」
しかしたろべえは、振り向きもせずに答えました。
「おれはじきに殺されるんだから、茶なんかいらん。早く連れて行ってくれ」
「・・・そうか」
その頃、早馬に乗った役人はたろべえを助ける為に、馬の尻にムチを入れ続けていました。
「急げ! 急げ! 早くせんと、無実の者が殺されることになる!」
そして処刑場が見えるなり、大声で叫びました。
「そのはりつけ、やめーい! はりつけ、やめーい!」
でもちょうどその時、たろべえは処刑場の役人に槍で心臓を突かれてしまったのです。
早馬の役人が駆けつけた時には、たろべえは死んでいました。
たろべえが無実であった事を聞かさせた見張りの役人は、とても悔やみながら言いました。
「もうほんの少し、ほんの少し時間があれば。あの時、わしがすすめた朝のお茶さえ飲んでおれば死なずにすんだものを」
この事があってから、『朝のお茶は、その日の難を逃れる』と言って、この地方の人は朝にお茶をすすめられたら必ず飲むようにしたそうです。
おしまい
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