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第70話
カンチールのぼうけん
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むかしむかし、カンチールというかしこくて小さなシカがいました。
カンチールは、まだ小さいころに、お母さんをヒョウに殺されたので、みなし子になってしまいました。
「かわいそうにねえ。お母さんのお乳のかわりに、わたしのお乳をおのみ。そして大きくおなり」
親切な水牛のおばさんは、ひとりぼっちになったカンチールを、じぶんの子どものように育ててくれました。
また森のなかのことを、いろいろおしえてくれました。
「森のなかって、おそろしいけものが、たくさんいるんだね」
「なあに、自分さえしっかりしていれば、こわくありませんよ」
おばさんが、はげましました。
水牛たちは、水があるところがすきです。
でも、カンチールは森のなかがすきなので、おばさんたちと別れてくらすことになりました。
ひとりきりになると、さすがにカンチールは心ぼそくてなりません。
木の実や草の実をさがしていても、いつ、おそろしいトラやヘビが出てくるかわかりません。
そのためカンチールは、いつも用心ぶかく知恵をはたらかせて、えさをたべたり、こっそり草のかげで休んだりしなければなりませんでした。
おかげでカンチールは、からだは小さくても、森のだれよりも、りこうものになりました。
ところがある日、アシの原っぱをあるいていると、
「あっ、力ンチル。あぶない!」
と、大声で、よびとめられました。
見ると、もうすこしで、チェプルカンという鳥のタマゴをふみつぶすところでした。
「チェプルカンさん。ごめんよ」
カンチールは、すなおにチェプルカンにあやまりました。
「カンチールさん。じつは、こまったことがおこったので、あなたをまっていたんです。たすけてください」
チェプルカンは、なきそうになっていいました。
「たすけてくださいですって?」
「はい。わたしはいま、タマゴをかえしています。それなのに、人間が毎日きて草をかるんです。ほら、サク、サクッて音がするでしょう」
カンチールが、音のするほうをそっと見ると、なるほど、お百姓がしきりに草をかっています。
「カンチールさん。お願いです。なんとかして、タマゴをもってにげることは、できないでしょうか?」
「それはあぶないですよ。それよりも、タマゴはいつごろかえるのですか?」
「もう、二、三日です」
「なるほど。いいことを思いついた。チェプルカンさん。ぼくに、まかしておきなさい」
カンチールが、元気にいいました。
あくる朝、アシ原へ、おおぜいのお百姓(ひゃくしょう)が草をかりにやってきました。
「よし、いまだ」
力ンチルは、わざとみんなの前へ、とびだしました。
「ややっ、カンチールだ。つかまえろ」
お百姓たちは、みんなでおいかけました。
力ンチルはアシ原と反対の森のほうへ、ぴょんぴょんにげていきました。
そして、草のしげみに、かくれてしまいました。
「えい、まんまとにげられたわい」
お百姓たちは、たくさん走りまわったので、もう草をかる元気はありません。
ぶつぶついいながら、家へかえっていきました。
カンチールは、つぎの日も、またそのつぎの日も、草をかろうとするお百姓のじゃまをしました。
そのおかげで草をからないうちに、チェプルカンはタマゴをかえし、ヒナにすることができました。
ある日、カンチールは森のおくで、とてもすばらしいバナナの木を見つけました。
ふさふさしたそのバナナの実の、おいしそうなこと。
見ているだけでも、よだれが出そうです。
でもカンチールはシカなので、木にのぼってとることはできません。
「そうだ。サルくんにたのんでとってもらおう」
カンチールが、サルをさがしていると、サルに出あいました。
サルも話をきいて、大よろこびです。
「よし。ぼくが、とってあげよう。さあ、どこだ、どこだ」
くいしんぼうのサルが、カンチールにいいました。
「おしえてあげるけど、そのかわり、バナナを一本とったら、ぼくにも一本くれなきゃあだめだよ」
「もちろんだとも。一本でも二本でも、ほしいだけとってあげるよ」
サルが、やくそくをしました。
ところが、サルはうそつきです。
バナナの木をおしえてもらうと、じぶんひとりだけたべて、カンチールにあげようとしません。
「ようし。そんなら、こうしてやる」
おこったカンチールは、とがった小石をたくさんあつめました。
それをうしろ足で、ぴゅっ、ぴゅっと、サルめがけてけりとばしました。
「うわぁ、いたたたたっ」
サルのおしりに、とがった小石がビシビシあたるので、サルはまっ赤になっておこりました。
「よくもやったな、カンチールめ」
サルは、たべていたバナナをもぎとると、カンチールになげつけました。
カンチールのまわりは、バナナでいっぱいになりました。
「もういいよ。うそつきサルくん。こんなに、たべられないよ」
カンチールは山のようなバナナをたべながら、サルにいいました。
おなかがいっぱいになったカンチールは、こんどは水がのみたくなりました。
川のほとりまでいくと、おおぜいのヤギが、おそろしそうに、水のなかをのぞいています。
「みなさん、どうしたんですか?」
「はい。ワニがいるので、水がのめないんです。でも、どれがワニで、どれが丸太なのか、わからなくてこまっているんです」
なるほど、川のなかに、ワニによくにた太い丸太のようなものが、ういています。
「ふーん。こりゃ、あやしいぞ。ぼくがためしてやろう」
カンチールは、水ぎわまでいくと、
「おーい。おまえは丸太んぼうかあ。それともワニかあ。もし丸太んぼうなら川をのぼるし、ワニだったら川をくだるはずだ。さあ、どっちか、はっきりしろ」
と、からかうように、さけびました。
すると、どうでしょう。
じっと川にうかんでいた丸太んぼうが、ユラリユラリと、ゆれだしました。
「おやおや、おかしいぞ」
みんながおどろいていると、その丸太んぼうは、ゴボ、ゴボと音をたてながら、川かみのほうへ、うごきだしたではありませんか。
カンチールとヤギたちは、声をあげて笑いました。
「なんて、トンマなワニだろう。丸太んぼうが、ひとりでに川へのぼるもんか。おまえはやっぱり、おバカさんのワニさんだ」
みんなに笑われて、ワニはやっと、カンチールにだまされたことに気がつきました。
「ええい。にくらしいちびすけめ。いまに、おぼえていろ」
ワニは歯をガチガチならして、おこりました。
ワニはカンチールにしかえしをしてやろうと、カンチールがくるのを、毎日まっていました。
すると、きました、きました。
カンチールが、また水をのみにきたのです。
でも、カンチールは、りこうものです。
じぶんの足とおなじぐらいほそい、アシのくきをもってきました。
そしてそれを水ぎわにつきさして、ピチャ、ピチャと水をのみました。
「ようし。いまだ。しかえししてやるぞ。ガブリ!!」
ワニがアシのくきに、かぶりつきました。
「あはははは。また失敗したね、ワニさん。それは、あしはあしでも、草のアシだよ。ぼくの足は、これこのとおり」
カンチールは、足をぴょんとあげると、森の中へにげていきました。
おしまい
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