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第169話
バステリカの男
フランスの民話 → フランスの情報
むかしむかし、イタリア半島の西方にあるコルシカ島のバステリカという所に、一人の粉ひきの男がいました。
粉ひきとは、小麦などを小麦粉などの粉にする仕事です。
近頃は粉ひきの仕事が少なくなったために粉ひきはとても貧乏で、財産といえば粉ひき小屋と可愛い女房だけでした。
この可愛い女房は、夫のする事にはいつも賛成してくれます。
ある日の事、粉ひきが女房に言いました。
「もう、この粉ひき小屋を売ろうと思うんだ。
いくら粉をひいても、ろくに稼げないからな。
それよりも粉ひき小屋を売った金で雌牛を買えば、毎朝ミルクをしぼれるし、毎年子牛が産まれる。
粉ひきよりも牛を育てる方が、今よりも金が入ってくるだろう」
それを聞いた女房は、にっこり笑って言いました。
「あなた、それは良い考えね。では、さっそく粉ひき小屋を売りましょう」
女房も賛成してくれたので、粉ひきは六百フランで小屋を売り、そのお金で近くの市に雌牛を買いに出かけました。
買った雌牛を連れて帰る途中、くたびれた粉ひきは後悔しはじめていました。
「ああ、雌牛を買うなんて、おれはどうかしてたよ。
雌牛の角に引っかけられて、腹を切るかもしれないからな。
どうせなら、馬にしておきゃよかった。
馬なら乗る事が出来て楽だし、第一、干し草を少しやればいいからな」
ちょうどそこへ、馬に乗った男が通りかかりました。
粉ひきは、馬に乗った男に駆け寄ると言いました。
「やあ、いい馬だね。どうだい、その馬と雌牛を取り替えてはくれないか?」
牛は馬よりも高価だったので、馬に乗った男は喜んで返事をしました。
「もちろんいいよ」
こうして馬を手に入れた粉ひきは、馬に乗って帰ろうとして、ふと思いました。
「しかし、いつもいつも馬に乗っているわけじゃないぞ。
馬なんて、出かけない時は何の役に立つのだろう?
馬よりも、ヤギの方がいいな。
朝に晩に乳をしぼれるし、子ヤギも産むしなあ。
エサだって、道ばたの草を食べさせればいいんだし」
ちょうどそこへ、ヤギを連れた牧童(ぼくどう)が通りかかりました。
粉ひきは、牧童に駆け寄ると言いました。
「やあ、いいヤギだね。どうだい、そのヤギと馬を取り替えてくれないか?」
馬はヤギよりも高価だったので、牧童は喜んで返事をしました。
「もちろんいいよ」
こうしてヤギを手に入れた粉ひきは、ヤギを引いて戻る途中で、ふと思いました。
「しかし、ヤギは気まぐれだからな。
そのうちに岩山から落ちて死ぬかもしれんぞ。
それならいっそ、死ぬ前に売っちまった方がいいかもしれないな」
ちょうどそこへ、一人の男が通りかかりました。
粉ひきは、男の側へ駆け寄ると言いました。
「やあ、このヤギを買ってくれないか?」
「ああいいよ」
「いくらだすかね?」
「二十フランだ」
「よし、決まりだ」
こうして二十フランを手に入れた粉ひきは、家へ戻る途中で、ふと思いました。
「やれやれ、さんざん歩いたあげくが二十フランか。
これでは粉ひき小屋を、たった二十フランで売ったのと同じだな。
しかし、この金で雌鳥とヒナを買えばいいぞ。
そうすれば毎日新しい卵が手に入るし、ときどきは若鶏も食えるからな」
ちょうどその時、粉ひきは農家の前を通りかかりました。
粉ひきは、農家のおかみさんに駆け寄ると言いました。
「やあ、あんたの持っている雌鳥とヒナを売って欲しいのだが、いくらで売ってくれるかね」
「そうね、二十フランでいいよ」
「こりゃ、ついてるぞ。ぴったりだ」
こうして雌鳥とヒナを手に入れた粉ひきは、家に帰りながら、ふと思いました。
「それにしても鳥というやつは、犬のようにまっすぐ歩いてくれないのだな。
こいつらを家まで連れて帰るのが、馬鹿馬鹿しくなってきたよ」
ちょうどその時、粉ひきは宿屋の前を通りかかりました。
粉ひきは、宿屋の主人に駆け寄ると言いました。
「やあ、この
雌鳥とヒナを買ってくれないか?」
「ああいいよ。しかし、今は金がないから、そのジャガイモの入った大袋でどうだい?」
「それでいいよ、袋なら逃げまわらんからな」
こうしてジャガイモの入った大袋を手に入れた粉ひきは、だんだん重い荷物に腹を立てました。
「まったく、何て重たいんだ。こんな物を家まで持って帰るなんて、馬鹿馬鹿しいな」
粉ひきはそう言うと、近くを流れる川にジャガイモ入りの大袋を投げ込んでしまったのです。
「よし、これですっきりした」
身軽になった粉ひきは、やっと家に戻りました。
「あら、お帰りなさい。それで、雌牛はどこなの?」
女房がたずねたので、粉ひきは答えました。
「ああ、実は立派な馬と取り替えたんだ」
「へえ。それで、馬はどこへつないだの?」
「ああ、馬はあまり役に立たないと思って、ヤギと取り替えたんだ」
「へえ。それで、ヤギはどこへつないだの?」
「ああ、ヤギは、いつか岩山から落ちて死ぬんじゃないかと思ってね、売ったんだ」
「へえ。それで、その売ったお金は?」
「ああ、お前に新鮮な卵を食べさせようと思って、雌鳥とヒナを買ったんだ」
「へえ。それで、その雌鳥とヒナは?」
「ああ、ちゃんと歩いてくれないので、大袋にいっぱいのジャガイモと取り替えたんだ」
「へえ。それで、ジャガイモはどこなの?」
「ああ、ジャガイモがすごく重くて持って帰れそうになかったから、川に放り込んでやったよ。『ボチャーン!』と、いい音がしたよ」
「へえ。それは大変だったね。ごくろうさま」
こうして粉ひきと女房はその晩、夕食抜きで寝たということです。
おしまい
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