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第173話

金のくし、金の笛、金のつむぎ車

金のくし、金の笛、金のつむぎ車
ドイツの昔話ドイツの説明

 むかしむかし、ある水車小屋に、働き者の粉ひきが住んでいました。
 粉ひきは、きれいなお嫁さんをもらいましたが、最近では粉ひきの仕事が減ってとても貧乏です。
「困ったな。もうじき子どもが生まれるというのに。こんなに貧乏では生まれてくる赤ん坊が可哀想だ」

 ある朝、粉ひきがこれからの事を考えながら池のほとりを歩いていると、とつぜん池がボコボコと泡立って、その泡の中から若くて美しい女の人が現れたのです。
 その女の人は、この池に住む水の精でした。
 水の精は、びっくりしている粉ひきにやさしく声をかけました。
「あなたは、何をそんなに悲しんでいるの?」
「はい。実は家が貧乏になって、困っているのです」
「それならわたくしが、助けてあげましょう」
「本当ですか?」
「ええ、そのかわり・・・」
 水の精は、じっと粉ひきを見つめました。
「あなたはわたくしに、お礼をしなければなりません」
「もちろんですとも。でも、何を差し上げればよいのですか?」
「あなたの家で、つい今しがた生まれたものがほしいのです」
「家で生まれた物? ・・・ああ、そう言えばもうすぐ、うちの犬が子どもを生む頃だ。いいですとも、差し上げましょう」
「では、約束しましたよ」
 そう言うと水の精は、池の中に姿を消しました。

 粉ひきは急いで家へ帰って、この事を奥さんに教えてやろうとしました。
 ところが、家に帰ってみてびっくり。
 何と奥さんが、予定よりも早くに赤ちゃんを生んでいたのです。
(今しがた生まれたものとは、犬の子どもではなく、おれたちの赤ん坊だったのか)
 青い顔で震えている粉ひきを見て、奥さんは不思議そうにたずねました。
「あなた。かわいい男の子が生まれたのに、喜んでくださらないの?」
「あ、いや、もちろんうれしいが。・・・実は」
 粉ひきは仕方なく、奥さんに水の精との約束を話しました。
 驚いた奥さんは、赤ちゃんを抱きしめて言いました。
「わたしたちの大切な赤ん坊を、水の精なんかに渡してなるものですか!」
「そんな事を言っても、相手は妖精だよ」
「大丈夫。この子には決して、池のそばへは近づかないように教えますから」
 それからというもの、奥さんは息子から、かた時も目を離しませんでした。
 そして毎日毎日、息子に繰り返し言って聞かせました。
「いいこと。お前は水の精にねらわれているから、どんな事があっても池に行ってはいけません。もし行ったら、水の精に連れて行かれます」
 やがて息子は立派な若者に成長して村一番の狩人となり、可愛い娘と結婚をして幸せな毎日を送りました。

 ある日の事、若者は獲物のシカを追って、あの池のそばでシカを仕留めました。
 そして何気なしに倒したシカの血を洗い落とそうと池の岸にしゃがんだその時、池が激しく泡立って中から水の精が現れました。
「おほほほっ、やっと来たね。長い間、お前を待っていたんだよ」
 水の精は若者の腕をつかむと、あっという間に水の中へと引きずり込んでしまいました。

 その日の夕方、若者が帰ってこないのでお嫁さんは心配になりました。
「もしかして、あの池に近づいたのでは」
 待ちきれなくなったお嫁さんが池へ行って見ると、池のそばに若者の弓が落ちています。
「やっぱり。あの人は、水の精にさらわれたんだわ!」
 お嫁さんは若者の名前を呼びながら、池の回りを探し歩きました。
 そして疲れ切ったお嫁さんは、いつの間にか眠ってしまいました。

 眠ってしまったお嫁さんは、こんな夢を見ました。
 山を越えてどんどん進むときれいな花の咲き乱れる野原と小屋があって、その小屋の中からおばあさんが手招きをしているのです。
「不思議な夢。もしかしてこれは、何かのお告げかもしれないわ。夢の通りにしてみましょう」
 目を覚ましたお嫁さんは、夢で見た山を越えてどんどん進みました。
 すると本当に花の咲き乱れる野原と小屋があって、中からおばあさんが手招きをしているのです。
 おばあさんはお嫁さんを中に入れると、こう言いました。
「あなたの夫は、水の精にさらわれました。夫を助けたいのなら、満月の晩に、この金のくしで髪をとかしてから池の岸に置いてごらんなさい」
 おばあさんに金のくしをもらったお嫁さんは、満月の夜に池へ行って金のくしで髪をとかしました。
 そしてそのくしを、そっと岸辺に置きました。
 すると池から波がうち寄せてきて、くしをさらっていきました。
「あっ!」
 思わず、お嫁さんは叫びました。
 くしが沈むのと同時に、若者の顔が水の上に現れたからです。
 でも若者の顔は、すぐ見えなくなってしまいました。

 がっかりしたお嫁さんは、またおばあさんの所へ行きました。
 おばあさんは、金の笛をお嫁さんに渡すと言いました。
「そんなに気を落とすことはないよ。今度の満月は、池でこの笛をお吹き。そして吹き終わったら、笛を岸を置くんだよ」

 次の満月の夜。
 お嫁さんが吹き終わった笛を岸辺に置くと、また波がうち寄せてきて笛をさらっていきました。
 それと一緒に、若者の体が半分だけ水の上に現れました。
「あなた!」
 でもやっぱり、若者はすぐに沈んでしまいました。

 お嫁さんは再び、おばあさんの所へ行きました。
 おばあさんは、金のつむぎ車をお嫁さんに渡すと言いました。
「気を落としてはだめだよ。今度の満月には、この金のつむぎ車を持っておゆき。このつむぎ車で糸をつむぎ終えたら、つむぎ車を岸に置くんだよ」

 次の満月の夜、お嫁さんはつむぎ車を待って池へ出かけました。
(あの人に、早く会いたい)
 そう思いながらお嫁さんは、カラカラとつむぎ車を回しました。
 そしてようやく糸をつむぎ終えて、つむぎ車を岸辺に置くと、また波がきてつむぎ車をさらっていきました。
 それと同時に、若者の体が残らず水の上に現れました。
「あなた! わたしの手につかまって!」
 若者はお嫁さんが伸ばした手を、しっかりとつかみました。
「あなた! 早く逃げましょう!」
 二人が駆け出すと、逃げる二人の後を波が追いかけてきました。
「あなた、がんばって! もうすぐよ!」
 お嫁さんは若者の手を引っ張ると、あのおばあさんの小屋を目指しました。
 波はどこまでも二人を追いかけてきますが、二人がおばあさんの小屋に駆け込むと、波はあきらめて元の池へ戻っていきました。

 おばあさんはニッコリ微笑むと、二人に言いました。
「無事に助かって、本当によかったね。
 だけど、あの池の精はいつまでもあきらめはしないよ。
 あの池には二度と近づかないように、どこか遠くへ引っ越しなさい」
「はい、そうします」
 二人はおばあさんに礼を言うと遠くの町へと引っ越して、そこで幸せに暮らしました。

おしまい

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