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第185話

不思議なヴァイオリン

不思議なヴァイオリン
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 むかしむかし、ある村に、フリックという名前の男の子がいました。
 フリックの家はとても貧乏だったので、とうとう食べる物が何もなくなってしまいました。
 そこでお父さんとお母さんは、フリックを村長の家で働かせる事にしたのです。

 村長の家で働けば、ご飯だけでもフリックに食べさせてもらえるはずでしたが、でも村長はケチンボで、いつもほんの少ししかご飯をくれません。
 だからフリックはガリガリにやせて、背も伸びませんでした。

 それでもフリックは、三年間一生懸命働きました。
 ケチンボの村長は、一年一シリング、三年で三シリングのお金をわたしました。
 フリックの服は今まで働きづめでボロボロだったので、フリックは給料のほかに服が一着欲しいと言いました。
 けれど村長は、フリックに怖い顔で言います。
「この三年間、ただで飯を食わせてやった上に、三シリングもの給料をやったんだ。その上、服が欲しいだと! これでもくらえ!」
 村長はフリックのお尻を蹴り飛ばして追い出すと、ドアをバタンと閉めてしまいました。

 フリックは仕方なく、三年間着続けたボロボロの服のまま、とぼとぼと歩き出しました。
 そして気がつくと、フリックは谷間に来ていました。
 フリックは、上を見上げて言いました。
「よーし、山の頂上(ちょうじょう)に登って世界を見よう。何かいい考えが浮かぶかもしれないぞ」
 そして頂上にたどりつくと、フリックの目の前に、ひげがボウボウの大男が現れたのです。
 大男はフリックに、ニッコリ笑って言いました。
「やあ、一シリングわけてもらえないかね?」
 見上げると大男の服も、フリックに負けないくらいボロボロです。
 そこでフリックも、ニッコリ笑って言いました。
「いいよ。ぼくは、三シリング持っているんだ。はい、どうぞ」

 そしてまたしばらく行くと、今度はモジャモジャ頭の大男が現れて言いました。
「悪いけど、一シリングくれないか?」
 見上げると、この大男もフリックのようにガリガリにやせています。
 フリックは気の毒に思い、大男に言いました。
「いいよ、ぼくは二シリング持っているんだ。はい、どうぞ」

 またしばらく行くと、今度は手と足の長い大男が現れて言いました。
「すまないが、一シリングくれないか?」
 大男は、とても優しそうな笑顔です。
 フリックも、ニッコリ笑って言いました。
「いいよ。ぼくはちょうど、一シリング持っているんだ。はい、どうぞ」
 すると大男は、一シリングをにぎりしめて言いました。
「あんたはいい人だね。今までの三人の大男は、みんな俺だったのさ。あんたはいい人だから、一シリングで一つ、三シリングで三つの願いをかなえてやるよ」
「本当に!」
「ああ、本当だとも。何でも言ってごらん」
 フリックは、少し考えてから言いました。
「まず一つは、ぼくがひいている限り、みんなが踊りを止められなくなるヴァイオリンが欲しい。それから、どんな遠くの獲物も打ち落とせる鉄砲が欲しい。そして最後に、ぼくが頼んだら誰一人としていやとは言えないようにしてくれないか」
「いいだろう」
 大男はうなずいて、鉄砲とヴァイオリンをフリックに渡しました。

 次の日、フリックは鉄砲とヴァイオリンをかついで服屋へ行き、店の主人に服が欲しいと頼みました。
 大男のおかげでフリックに頼まれたらいやとは言えない服屋の主人は、フリックに上等な服をただであげました。
 フリックは次に農家へ行って白いウマをもらい、次の家で馬車をもらい、そのとなりの家から毛皮のコートをもらいました。

 フリックは毛皮を着て馬車に乗ると、ウマにひかせて村長の家へ行きました。
「村長さま、ぼくは鉄砲の名人になりました。あそこの木の枝にとまっている、かささぎを撃ち落としてみせましょう」
「はん! そんなに簡単に鉄砲の名人になれるものか。もしも、かささぎを撃ち落としたら、わしの家と金を全部やるわい」
「では、約束ですよ」
 フリックは、ずっと遠くのいばらのしげみの木の枝にとまっているかささぎを狙って、鉄砲を撃ちました。
 バーン!
 でもここからでは遠すぎて、本当にかささぎを撃ち落としたかどうかわかりません。
 そこで村長がいばらのしげみに走って行くと、本当にかささぎが撃ち落とされていました。
 その時、フリックがヴァイオリンをひき始めました。
 そのとたんに村長は踊り出し、イバラのとげに服をひっかけて服がボロボロになりました。
 フリックは村長の家に入ると、窓から顔を出して言いました。
「どうです? ぼくが着ていた服と同じボロ服を着る気分は? では約束通り、この家とお金は全部いただきますよ」
 こうしてお金持ちになったフリックは、ヴァイオリンを持って旅に出かけました。
 どこの町の宿屋も、フリックが頼むとただで泊めてくれました。

 そんなあるとき、フリックは役人に捕まってしまったのです。
 村長が役人に、
「フリックに、家とお金を盗まれました!」
と、訴えたからです。
 捕まったフリックは罰を受けるために、広場に連れて行かれました。
 するとフリックが、大きな声で頼みました。
「罰を受ける前に、一度だけヴァイオリンをひかせてください!」
 誰もフリックの頼みには、いやとは言えません。
 フリックがヴァイオリンをひくと、みんなは踊り出しました。
 それを見た村長は、
「また、ヴァイオリンで踊らされてはかなわない」
と、自分で木に体をしばりつけましたが、木にしばりつけられたままでも村長の体は勝手に踊り出したのです。
 町の人たちも役人も、踊って踊って、踊り疲れて倒れてしまいました。
 中でも木にしばられたまま踊った村長は背中が傷だらけになり、そのあまりの痛さに気を失ってしまいました。

 フリックはみんなが目をまわして倒れている間に、ヴァイオリンをひきながら町を出て行きました。
 それからフリックを見た者は、誰もいませんでした。

おしまい

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