福娘童話集 > きょうの世界昔話 > その他の世界昔話 >山のおかしら
第245話
山のおかしら
フィリピンの昔話 → フィリピンの国情報
むかしむかし、マヨンという山の近くに、シヌクアンという大男がいました。
体中が動物の様に毛むくじゃらで、髪の毛もかれ草の様に伸び放題ですが、でも子ども好きの優しい若者で、よく子どもたちを集めては、
「さあ、坊やたち。みんなでおじさんの腕(うで)にぶら下がってみな」
と、子どもたちに太い腕でブランコをさせたり、逆上がりをさせたりして遊びました。
また村の力仕事を手伝って、みんなから喜ばれていました。
ある日の事、シヌクアンのところへ山のけものたちがぞろぞろとやって来ました。
「さてはお前たち、また畑を荒らしにやって来たのだな?」
シヌクアンが言うと、けものたちはあわてて言いました。
「と、とんでもございません。シヌクアンさまの様な力持ちのおられるところへ、どうして畑を荒らしになど来るものですか。実は、お願いがあってまいりました。シヌクアンさまにわたしたちけものの、お頭(かしら)になって欲しいのです」
「お頭にだって?」
「はい。シヌクアンさまほど、人の為に尽くす人はおられません。それで、そういう方こそ、けもののお頭になって頂きたいと、みんなでお願いにやって来たのです」
シヌクアンはしばらく考えていましたが、やがて胸をボンと叩いて言いました。
「よし。頭になってやろう。困った事があったら、いつでも相談に来る様に」
次の朝、シヌクアンがまだ寝ているところに、一羽の小鳥がやって来ました。
「お頭。いつでも困った事とがあったら相談に来る様にとおっしゃったので、さっそくお願いにまいりました。実は、わたしが住んでいる森の奥に沼(ぬま)があるのですが、そこのカエルどもが『ギャアー、ギャアー』うるさく鳴いて困っているのです」
「ふーん。しかしカエルは歌が好きだから、みんなで歌でもうたっているんだろう」
シヌクアンは眠い目をこすりながら、小鳥をなだめました。
「いえいえ。歌などではありません。汚い声で夜通しわめくんですよ。おかげで小鳥たちは一晩中寝られなくて、もうフラフラです。どうか、カエルどもをこらしめてください」
「ふーん。それはカエルが悪いな。よし、カエルを連れて来い」
やがて小鳥と一緒に、年を取ったカエルがシヌクアンのところへやって来ました。
シヌクアンが小鳥の話をしてカエルを叱ると、カエルはふくれっ面で答えました。
「お頭。わたしたちカエルが夜通し鳴いているのは、歌が好きな為ではありません」
「何? それはどう言うわけだ?」
「実は、カメが悪いからですよ。
カメがあの大きな重い家を背負ったまま、ドボンドボンと沼(ぬま)へ飛び込みので、危なくてしょうがないんです。
それで下じきになって潰されない様に、自分のいるところをカメに知らせる為に鳴いているんですよ」
シヌクアンは、カエルの言う事がもっともだと思いました。
「そうだったのか。よし、けしからんカメを連れて来い」
年を取ったカエルは、やはり年を取ったカメを連れて来ました。
でもカメは何も言わず、首をすくめて黙っています。
「こら、カメ。黙ってないで謝ったらどうだ? 今後は家を背負ったまま、沼へ飛び込んではならんぞ」
するとカメは、長い首を出して言いました。
「お頭さま。それはお話が違います。
わたしどもは、カエルさんに怪我をさせるつもりで沼へ飛び込むのではありません。
沼に住んでいるホタルが、ボウボウと燃えている火を持って飛び回るので、家を焼かれては大変だと沼へ飛び込むのでございます」
「ふーん。ホタルが火遊びをしているとは知らなかった。確かに家を焼かれては大変だな。よし、けしからんホタルを連れて来い。こらしめてやる」
しばらくするとカメはホタルを連れて、シヌクアンのところへやって来ました。
「お頭。お待たせいたしました。こいつが火遊びをしているホタルでございます」
「うそです。わたしたちは火遊びなど、一度もした事がありません」
「ほう、それならなぜ、火を持って飛び回っているんだね」
「それは、悪い蚊(か)どものせいです。
奴らがチクリ、チクリと鋭い剣でわたしたちを刺しますので、わたしたちは火をつけて夜通し蚊の見張りをしているのです」
「さてさて、一つの出来事でも調べれば調べるほど、奥が深いものだ。
それではそのけしからん蚊を連れて来い。こらしめてやる」
間もなくホタルに連れられて、蚊がブンブン言いながらやって来ました。
「これこれ、蚊。お頭のシヌクアンさまにごあいさつをしないか」
ホタルが言いましたが、カは知らん顔でブンブンと言うばかりです。
「こら、蚊。お前は、やたらにその剣でホタルを突き刺すそうだが、それに間違いはないか?」
シヌクアンが聞きましたが、カは返事をしようとしません。
「返事が出来ないところをみると、この騒ぎの原因は、やはりお前だな。よし。罰としてろうやに入れてやる」
シヌクアンは山中の蚊を捕まえると、ろうやの中へ入れました。
「やれやれ。これで一安心だ」
山のけものたちは、みんなホッとしました。
ところがメスの蚊は謝ったので、許してもらいました。
でもオスの蚊だけは、どうしても謝りません。
それで長い間、ろうやに閉じこめられたために、オスのカは声を出すのを忘れてしまったそうです。
おしまい
|