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百物語 第三十一話
死に神のつかい
むかし、たとえ殿さまでも、けらいにいつ首をとられるかわからない、戦国(せんごく)の世のことです。
ある夕方、かみのまっ白な、見たこともないじいさんがお城へやってきました。
門番がおいかえそうとしましたが、じいさんは、スルリと門をくぐりぬけて、なかへ入ったのです。
「くせものじゃ、とりおさえろ!」
さむらいたちがさわぎだしたとき、じいさんはもう、影武者(かげむしゃ→敵をあざむくため、主将などと同じかっこうをさせた武者)のへやのしょうじをあけていました。
「そのほう、なにものか?」
「おまえさまを、おむかえにまいってございます」
「むかえにとは、わしをいったいどこへ?」
「めいどの旅へでございます。あすのいまじぶん、またまいりますゆえ、おしたくをなさっておかれませ」
「なんと、おぬしは死神のつかいか。わしはまだ死なぬ。死んでたまるか!」
影武者はひどくうろたえ、そばにヤリがなかったので、刀のつかに手をかけました。
でも、じいさんはおちついたひくい声で、
「どうしても死にとうないとおおもいなら、おまえさまとよく似たお方を、このへやにおかれませ。そのお方をつれてまいっても、よろしいのでございますよ」
と、いうと、フッときえてしまいました。
影武者は少しかんがえて、ニンマリとわらいました。
「これこそ、もっけのさいわいというもの。わしが、いままでみたいな影武者ではなく、ほんとの殿さまになれるときがきた。うつくしいおくがたが、わしの妻になるし、この領地も、そっくりわしがおさめるのだ。フフフフッ、こいつはいい」
あくる日、あのふしぎなじいさんからいわれたとおりにするのは、ごくたやすいことでした。
殿さまに、
「きょうはあぶのうございます。わたくしめがかわって・・・」
と、いって、立場を入れかえればいいのですから。
夕方近く、きのうとおなじに、お城の中庭で、
「くせものじゃ!」
と、いう声がしました。
影武者と入れかわって、せまいへやにいた殿さまは、じいさんを見るなり、大声でさけぼうとしました。
「ぶれいもの! だれかある」
しかし、いいかけたまま、バタッとたたみの上にたおれてしまいました。
わけを知っていたのは、影武者ひとりだけです。
戦国の世が終わりかけたといっても、武将たちは少しもゆだんなどできません。
殿さまが急死したと知れたら、なにがおこるかわかりません。
それで、殿さまのなきがらは、こっそりとお城からはこびだされ、影武者のおもうとおりにうまくいったのです。
つぎの日、おもだったけらいたちが、広間へ集められました。
殿さまになった影武者は上きげんで、かずかずのいくさのてがらにたいし、ほうびをとらせるともうしわたしました。
ところが、ふと気がつくと、けらいたちのなかに、あのじいさんがチョコンとすわっていたのです。
「そのほう、用はすんだはずじゃ。なにゆえに、またまいった?」
殿さまになった影武者は、血がこおるおもいで、うしろに立てかけてあるヤリをつかみました。
けらいたちも息をのみ、いっせいに、かみのまっ白なじいさんを見つめました。
「おそれながら、おむかえに。殿さまのご寿命(じゅみょう)も、影武者と一日ちがいでございました。まあ、一日でも願いがかなって、よろしゅうございましたな」
「おのれ、死神め!」
殿さまになった影武者は、じいさんをひとつきにしようと走りだしました。
そのとたん、どうしたはずみか、手にしたヤリで、じぶんののどをついて死んでしまったのです。
おしまい
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