頭が良くなる 日本のとんち話 ☆福娘童話集☆ 童話・昔話・おとぎ話の福娘童話集
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日本のとんち話 第9話

ひろったさいふ

ひろったさいふ

 むかし江戸の町に、左官屋(さかんや→壁をぬる職人)のでんすけという人がすんでいました。
 ある年の十二月、仕事の帰りに道でさいふをひろいました。
 中を調べると、一両小判が三枚入っていました。
「おやおや、もうじき正月がくるというのに三両(→約二十一万円)ものお金を落とすなんて、気の毒に。落とした人はさぞ、困っているだろうな」
 でんすけがさいふをよく調べてみると、名前と住所を書いた紙が入っていました。
「なになに、神田(かんだ)の大工の吉五郎(きちごろう)か。よし、ひとっぱしり、届けてやろう。いまごろきっと、青くなって、探しているだろうよ」
 親切なでんすけは、わざわざ神田までいって、ようやく吉五郎の家を探し出しました。
「こんにちは。吉五郎さん、いますか?」
「ああ、おれが吉五郎だが、何か用かね?」
「わたしは左官のでんすけというんだがね、お前さん、さいふを落とさなかったかね?」
「ああ、落としたよ」
「中に、いくら入っていたんだね?」
「そんなこと、なんでお前さんが聞くんだい?」
「なんでもいいから、答えてくれよ」
「三両だよ。お正月がくるんで、やっとかき集めた大事な金だったんだ」
 それを聞いて、でんすけは、
「そうかい。それじゃこれはたしかにお前さんの落としたさいふだ。ほら、受け取ってくれ」
と、さいふを差し出しました。
 ところが吉五郎は、さいふをチラッと見ただけで、プイと横を向いていいました。
「それは、おれのじゃないよ」
「えっ? だってお前さん、いま、大事な三両が入ったさいふを落としたって、いったじゃないか。それにお前さんの名前と住所を書いた紙も、入っていたんだ。このさいふは確かにお前さんの物だよ」
「そりゃあ、たしかにおれはさいふを落としたよ。だけど、落とした物は、もう、おれの物じゃない。ひろったお前さんの物だ。持って帰ってくれ」
「なんだって!」
 でんすけは、ムッとしました。
「なんて事をいうんだ。ひろった物をだまって自分の物にするくらいなら、わざわざ探しながらこんなところまで届けに来たりするもんか。素直に『ありがとうございます』と、いって受け取ればいいじゃないか」
「ちえっ、お前さんもごうじょうっぱりだなあ。おれはそのさいふはお前さんにくれてやるっていってるんだぜ。そっちこそ素直に『ありがとうございます』と、いって、さっさと持って帰りゃあいいじゃないか。第一、この十二月になって、三両もの金が手に入れば、お前さんだって、助かるだろうに」
「ばかやろう!」
 とうとうでんすけは、吉五郎をどなりつけました。
「おれはこじきじゃねえ。人の物をひろってふところへ入れるほど、おちぶれちゃいないんだ。ふざけるのもいいかげんにしろ。とにかく、これは置いていくぜ」
 でんすけがさいふを置いて帰ろうとすると、
「おい待て!」
 吉五郎はその手をつかんで、さいふを押しつけました。
「こんな物、ここに置いて帰られちゃ、迷惑くだよ。持って帰ってくれ」
「この野郎、まだ、そんな事をいってるのか」
 二人のがんこ者は、とうとう、とっくみあいのけんかを始めました。
 その騒ぎを聞いてやってきた近くの人たちが、いくらなだめても、二人とも聞きません。
 近所の人たちは困り果てて、とうとうお奉行(ぶぎょう)さまに訴えました。
 その時のお奉行さまは、名高い、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)という人でした。
 越前守(えちぜんのかみ)は、二人の話を聞くと、
「大工、吉五郎。せっかくでんすけが届けてくれたのだ。素直に礼をいって、受け取ったらどうじゃ」
「とんでもありません、お奉行さま。落とした物は、なくしたのと同じでございます。ですから、もう、わたくしの物ではありません」
「では、左官でんすけ。吉五郎がいらないというのだ。この三両はひろったお前の物だ。受け取るがよいぞ」
「じょうだんじゃありません、お奉行さま。ひろった物をもらうくらいなら、何もこの忙しい年の暮れに、わざわざ神田まで届けに行ったりなどしやしません。落とした物は落とした人に返すのがあたりまえです」
 二人とも、がんこにいいはってききません。
 すると越前守は、
「そうか。お前たちがどちらもいらないというなら、持ち主がないものとして、この越前(えちぜん)がもらっておこう」
「へっ?」
「へっ?」
 お奉行さまに金をよこどりされて、二人はビックリしましたが、でも、いらないといったのですから、しかたがありません。
「はい。それでけっこうです」
「わたしも、それでけっこうです」
と、答えて、帰ろうとしました。
 そのとき、越前守は、
「吉五郎、でんすけ、しばらく待て」
と、二人を呼び止めました。
「お前たちの正直なのには、わしもすっかり感心した。その正直にたいして、越前から、ほうびをつかわそう」
 越前守はふところから一両の小判を取り出すと、さっきの三両の小判とあわせて四両にし、吉五郎とでんすけに二両ずつやりました。
ところが二人とも、なぜ二両ずつほうびをもらったのか、わけのわからないような、みょうな顔をしています。
 そこで越前守は、笑いながらいいました。
「大工の吉五郎は、三両を落として二両のほうびをもらったから、差し引き一両の損。左官のでんすけは、三両をひろったのに、落とし主に届けて、二両のほうびをもらったから、これもやはり、一両の損。この越前も一両を足したから、一両の損。これで三方、一両損というのはどうじゃ?」
「なるほど!」
 吉五郎とでんすけは顔を見合わせて、ニッコリしました。
「さすが名奉行(めいぶぎょう)の大岡さま。みごとなおさばき、おそれいりました」
「このお金は、ありがたくいただいてまいります」
「うむ。二人とも珍しいほどの正直者たちじゃ、これからのちは友だちとなって、仲よくつきあっていくがよいぞ」
「はい。ありがとうございます」
 吉五郎とでんすけは、ここに来たときとはまるで反対に、うまれたときからの仲良しのように、肩をならべて帰っていきました。
「うむ、これにて、一件落着!」

おしまい

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