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百物語 第十二話
庭に現れた雪女
むかしむかし、一人の俳人(はいじん→俳句を作る人)がいました。
ようやく雪もとけはじめた、ある明けがたのこと。
便所に行きたくなって廊下へ出ると、庭の竹やぶの前に、なにやら白いものが立っています。
ハッとして目をこすり、よくよく見てみたら、背の高さが一丈(約三メートル)もある大女で、髪の毛も顔もすきとおるようにまっ白です。
まだ寒いというのに、うすい着物を一枚着ただけで、それがまた白く輝いて見えます。
まだ若い女らしく、まるでかぐや姫のような美しさです。
俳人は、六十年ばかり生きてきましたが、こんなふしぎな女を見るのは初めてでした。
(いったい、なに者?)
思わず庭におりて近づこうとすると、女はニッコリと笑いかけ、竹やぶの方へ歩きだしました。
そのあでやかな歩きぶりは、とても大女のものでなく、絵の中の女が動いているようにも見えます。
俳人が声をかけるのも忘れて見とれていたら、やがて女の姿がフッと消えました。
俳人はしばらくそこに立っていましたが、それっきり女は姿をあらわしません。
夜が明けるのを待って、俳人はもういちど庭へ出て、竹やぶのあたりを調べてみましたが、足あとらしいものはまるでなく、いつもと変わりない様子です。
(さては、あれが雪女(ゆきおんな→詳細)というものだろうか?)
と、考えてみましたが、雪女は雪の深いときに現れるもので、いかに雪が残っていようとも、いまごろ現れるはずがありません。
(もしかして、まぼろしでも見たのだろうか?)
俳人は心配になり、仲間のところへ出かけて、このことを話しました。
すると、仲間の一人がいいました。
「それは、まちがいなく雪女だ。いまごろ現れる雪女はめったにいないが、たまたま春さきに現れることもあるとむかしの人はいうぞ。さいわいにもおまえさんはそれを見たのだ。花とて、ちるときがいちばん美しく、紅葉とて、舞い落ちるときこそいちばんあでやかなもの。雪女とて同じこと。まさに、雪が消えうせんとするときに現れるものは、言葉にもつくせない美しい姿をしているそうな。なんとうらやましいことよ」
「しかし、なぜ、わたしの家の庭などに現れたのだ」
「それはわからない。まあ、おまえさんが、雪の俳句を好んでつくるからだろう。あるいは雪女に気にいられたのか。今度大雪のとき、人間の姿になってたずねてくるかもしれないぞ」
「と、とんでもない!」
俳人は、雪女につめたい息をかけられ、つめたくなって死んだ男の話しを思いだして、からだがブルブルとふるえました。
しかし、次の年がきて、何度も大雪が降ったけれど、俳人の庭にはあのとき以来、雪女の現れることはなかったといいます。
おしまい
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