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百物語 第十四話

海ぼうず

海ぼうず

 むかしむかし、あるところに、荷物船でにぎわう港がありました。
 あるときのこと。
 夏だというのに、今にも雪がふりだしそうな、はだ寒い天気です。
 船頭たちが集まって、
「どうしたわけだ。寒うてかなわん」
「おかしな日よりじゃ。こんな日は、船をださんほうがええ」
「ああ、なにがおこるか、わからんからな」
と、はなしあっておりました。
 すると、ひとりの船頭が、
「なあに、一日休めばそれだけだちんがへるわ。ゆうれい船でも海ぼうずでも、でてきよったら、とっつかまえてやるわい」
と、人がとめるのもきかずに、ひとりで荷物船をあやつって、港をでていきました。
 ところが、おきへでていくらもしないうちに、
「おうい、おうい」
と、だれかが、よぶ声がきこえてきたのです。
「はて、こんな海のなかで、なんじゃろ」
 ろを休めてあたりをみわたしましたが、なにもみえません。
「ふん、そら耳か」
 船頭はまた、ろをこぎはじめました。
 そんなことが、二ど、三どとつづきましたが、船頭はたいして気にとめず、船をすすめていると、こんどはすぐ後ろから、
「おうい、おうい」
と、きこえたのです。
 おもわずふりかえってみると、生白いものが、大きくなったり小さくなったりしながら、船のうしろにとりついていました。
「これは、海ぼうずだ!」
 船頭は、あわててひしゃくを手にすると、
「こうしてくれるわ!」
と、ひしゃくの頭で、海ぼうずをなぐりつけました。
 とたんに海ぼうずは、海のなかへもぐってしまいました。
と、おもうまに、ふたつになって顔をだしたのです。
 ビックリしてまたなぐると、こんどは四つになりました。
「な、なんてやつらだ」
 船頭がなぐればなぐるほど、海ぼうずは数をばいにしていきます。
 そうして、うすきみ悪いわらい声をだしながら、きゅうに小山のように大きくなったり、みるみるしぼんだりしながら、船のまわりにとりついてきます。
「こりゃ、どうもならん」
 船頭はひしゃくをなげすてると、力まかせにろをこぎだしました。
 ところが、海ぼうずたちがじゃまをして、船は前にすすみません。
 それどころか、右へ左へと、船をゆさぶるのです。
 船頭がきもをつぶして、
「た、たすけてくれ!」
と、さけぶと、海ぼうずたちのすがたが、フッと、きえてしまいました。
「・・・ああ、たすかったか」
 ホッと息をついてあたりをみまわすと、また、海がザワザワとさわぎはじめ、こんどは、さっきなげすてたひしゃくと同じものが何十本もでてきて、船のなかへ、ザブンザブンと、水をくみ入れはじめたのです。
「な、なにするか!」
 けんめいに水をかきだしますが、間に合いません。
 海ぼうずたちは、つぎつぎに顔をだして、
「はよう、しずんでしまえ。しずんでしまえ」
と、いいながら、あとからあとから、水をくみ入れました。
「やめてくれえ。たすけてくれえ」
と、船頭がなきさけびますが、水はドンドンあふれて、ついに船はしずんでしまいました。
 海へなげだされた船頭は、死にものぐるいでおよぎはじめましたが、すぐに足をつかまれ、くらい海の底へ引きずり込まれてしまったのです。

おしまい

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