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百物語 第十九話
おいてけぼり
むかしむかし、あるところに大きな池がありました。
水草がしげっていて、コイやフナがたくさんいました。
でも、どういうわけかその池で、釣りをする人はひとりもいません。
それはあるとき、ここでたくさんフナを釣った親子がいたのですが、重たいビク(→さかなを入れるカゴ)を持って帰ろうとすると、突然、池にガバガバと波がたって、
「置いとけえー!」
世にも恐ろしい声がわいて出ました。
「置いとけえー!」
おどろいた親子は、さおもビクもほうり出して逃げ帰りました。
そして長い間、寝こんでしまったのです。
それからというもの、恐ろしくて、だれも釣りにはいかないというのです。
「ウハハハハハッ。みんな、いくじのない」
うわさを聞いた、三ざえもんという人がやってきました。
「よし、わしがいって釣ってくる。なんぼ『置いとけえー』ちゅうても、きっとさかなを持って帰ってくるからな、みんな見とれよ」
三ざえもんは大いばりで池にやってくると、釣りをはじめました。
初めは一匹も釣れませんでしたが、
ゴーン、ゴーン。
夕ぐれの鐘が鳴ると、とたんに釣れて、釣れて、釣れて、ビクはたちまちさかなでいっぱいです。
「さあて、帰るとするか。さかなはみんな、持って帰るぞ」
すると、池に波がガバガバガバ。
「置いとけえー!」
恐ろしい声が聞こえました。
「ふん、だれが置いていくものか」
三ざえもんは、肩をゆすって歩きだしました。
ところが、しばらくすると、後ろからだれかついてくるのです。
見ると、それはきれいな姉さまです。
姉さまは、三ざえもんに追いつくといいました。
「もし、そのさかな、わたしに売ってくれませんか?」
「気のどくだが、これはだめだ。持って帰る」
「そこを、なんとか」
「だめといったらだめなんだ!」
「どうしても? こうしても?」
姉さまはかぶっていた着物を、バッとぬぎすてていいました。
「置いとけえー!」
姉さまの顔を見た三ざえもんは、ビックリしました。
姉さまの顔は目も鼻もない、口ばかりの、のっペらぼう(→詳細)だったのです。
「えい、のっぺらぼうがなんじゃい! さかなは置いとかんぞ!」
さすがは、ごうけつの三ざえもんです。
しっかりさかなを持って、家に帰ってきました。
「ほれ、ほれ、帰ったぞ。たくさん釣ってきたぞ」
三ざえもんは得意になって、おかみさんにいいました。
「こわいもんに、出会わなかったかえ?」
「出会った、出会った」
「どんな?」
おかみさんが、ふり向いていいました。
そして、ツルリと顔をなでると、
「もしかしたら、こんな顔かい?」
とたんに、見なれたおかみさんの顔は、目も鼻もない、口ばかりののっペらぼうになりました。
「置いとけえー!」
さすがの三ざえもんも、気絶(きぜつ)してしまいました。
やがて、目をあけた三ざえもんは、しばらくなにがなんだかわからず、キョロキョロとあたりを見回しました。
たしかに家へ帰ったはずなのに、そこはさびしい山の中で、さかなもさおも、ぜんぶ消えていたのです。
おしまい
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