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百物語 第二十五話
黒雲
むかしむかし、一そうの船が、荒波(あらなみ)のなかを走っていました。
ながい航海(こうかい)もおえて、まもなく港につくというころ、晴れわたっていた空のゆくてに、ポツンと一つ、点のような黒雲があらわれました。
雲は陸地のほうから、しだいしだいに、こっちへやってきます。
船に近づくにつれて、黒雲は、だんだん大きくふくれあがってきました。
そして、船のま上まできたときには、日の光はまったくさえぎられ、あたりは不気味(ぶきみ)な暗さにつつまれました。
とつぜん、
「あーれー」
と、いう、女のひめい。
「はて、この船には、女はのっておらんが」
「してみると、あの声は雲の中からか?」
船の人たちは、ふしぎなできごとにおどろいて、甲板(かんぱん)に集まりました。
そして、ひとみをこらして、頭上にうずまく気味のわるい黒雲を見つめます。
黒雲はグルグルとうずまいて、なにか、あやしい目のようなものが、雲の中でうごきまわっています。
やがて、黒雲は船をおしつぶすようにひくくおりてきました。
と、そのとき。
「うわーっ」
船のりたちは、思わずさけびました。
とぐろをまく黒雲の中から、人間の足がたれさがってきたのです。
「うぬっ!」
気丈(きじょう→少々のことでは、あわてない事)な船のかしらは、いきなりその足にとびついて、ひきずりおろしました。
見ると、それは老婆の死体でした。
「たいへんなものが、ふってきたわい」
「死人じゃ。水葬(すいそう→水中にしがいを投じてほおむること)にしてやろうかい」
大さわぎをして、ふと気がつくと、いつのまにやら黒雲は消えうせ、まるで何事もなかったかのように、青空がひろがっています。
と、風にのって、陸地の方から人びとのざわめきが流れてきました。
見ると、浜辺におおぜいの人が集まっています。
(どうやら、浜の人たちのあのさわぎと、この老婆の死体とは関係がありそうだ)
船がしらは、さっそく小船をおろすと、浜の方へようすを見せにやりました。
しばらくすると、ひとりの男をのせてもどってきました。
男は、老婆の死体をみると、
「おはずかしいことでございますが、これは、わたくしの母でございます」
そういって、はらはらとなみだをこぼしました。
「お聞きくださいまし。母は金貸しをいたしておりました。はじめのうちは近所の方に、ほんの小銭を用立てるていどでございましたが、だんだんよくがでてまいりまして、このごろでは、ただ金だけに目がくれ、人さまからは鬼ババとまでいわれるありさま。きょうも金のかたじゃと、年瑞(としは→ねんれいがひくい事を意味する言葉)もいかぬ娘をつれだして、人かいにわたそうとしたのでございます。ところが、とつぜん黒雲がおりてきて、あっというまに母ひとりさらわれて。・・・これも、悪業(あくぎょう→わるいおこない)のむくいなのでございましょうか」
話しおわると、男は泣き泣き、老婆の死体を引き取っていきました。
おしまい
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