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百物語 第三十二話
うみぼうず
むかしむかしの、ある夏のことです。
漁師(りょうし)たちが海でさかなをとっていましたが、きょうは、おもうようにとれません。
「もっと、おきへいこう」
「そうだな。これでは、かせぎにならん」
そこで、船をおきへうつすと、おもしろいようにとれました。
ついつい、むちゅうでとっているうちに、とっぷりと日がくれてしまいました。
「さあ、きょうは、もうかえるぞ」
アミをしまっていると、波の中から、ぼうず頭のようなものが、うかびあがりました。
「でっ、でたー! うみぼうずだー!」
漁師はみんな、ふるえあがってしまいました。
「なにをボヤボヤしている! はやく船をこいで、浜(はま)へにげるんじゃ!」
せんどうの言葉に、漁師はハッと、われにかえると、けんめいに船をこぎはじめました。
しかし、うみぼうずもおよいできて、ふなべり(船の側面)に手をかけました。
そして、おそろしい声でいいます。
「ひしゃく。ひしゃくをくれえ。ひしゃくをくれえー」
「わかった、いまやる」
漁師のひとりが、ひしゃくをわたそうとすると、せんどうは、そのひしゃくのそこをすばやくうちぬいて、ふなべりから、なるべくとおくになげると、
「それ、いまのうちにこぐんだ」
浜へと、いそぎました。
うみぼうずは、ひしゃくをおいかけていきましたが、ひしゃくのそこがぬけていることに気がつくと、
「よくもだましたな! まてぇー!」
船をおいかけてきました。
船のみんなが、かんいっぱつで、なんとかはまにかけあがると、うみぼうずはしばらく、うらめしそうに見ていましたが、やがてどこかへ行ってしまいました。
「ああ、おそろしかった。しかしどうして、ひしゃくのそこをぬいて、とおくになげたんです?」
まだ、ふるえのおさまらない漁師のひとりがきくと、せんどうは、こうこたえました。
「これからもあることだから、よくおぼえておけよ。うみぼうずのいうとおり、そこのついたひしゃくをわたしたら、うみぼうずはそのひしゃくで、海の水を船にくみ入れて、さいごには船をしずめてしまうんだ。だから、かならずひしゃくのそこをぬいてわたさないと、いのちをうばわれてしまうのだ」
それをきいて漁師のみんなは、さらにふるえあがりました。
おしまい
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