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百物語 第三十六話
鬼の住むほら穴
むかしむかし、ある山のほら穴に、四匹の鬼が住んでいました。
そこは深い谷の中ほどにあるほら穴で、めったに人の近づかない場所です。
鬼どもは、ときどき、このほら穴から村へおりてきて、畑をあらし、ときには子どもまでさらっていくのです。
村人たちはすっかりおびえてしまい、仕事もまんぞくにできず、子どものいる家では、一日じゅう雨戸(あまど)をしめたまま、外へも出ませんでした。
たまたま、この話を聞いた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)という武将(ぶしょう)が、ウマに乗り、大勢の家来をつれてやってきました。
田村麻呂(たむらまろ)の鬼退治は有名で、どんなに手ごわい相手でも、かならずやっつけてしまうのです。
村人の案内で田村麻呂と家来の一行は、鬼の住むほら穴をめざして進んでいきました。
山道の途中まで来たとき、村人が言いました。
「あの谷の途中(とちゅう)あたりに鬼がいるそうです。でも、まだそこへ行った者はいません」
田村麻呂はウマをとめると、家来たちに武器の手入れを命じます。
弓のつるをはりなおしたり、刀の手入れをした家来たちは、まるで本物の戦を始めるみたいに、よろいやかぶとで身をかためました。
田村麻呂を先頭(せんとう)に、どんどんくだっていくと、谷の上につきでた大きな岩の上で、鬼どもがのんびりと日なたぼっこをしていました。
「みんな、ぬかるでないぞ」
田村麻呂はウマからおりて、身をふせましたが、目のいい鬼どもは、一行の姿に気がつき、あわてて立ちあがりました。
「やや、おかしな連中が来るぞ。さてはわしらをやっつけようというのだな」
一匹の鬼がいうと、親分らしい鬼が一行を見て大声をはりあげました。
「やい、そこなやつ、わしらをやっつけようとは片腹痛いわ。殺せるものなら殺してみよ」
田村麻呂も、負けずにいい返しました。
「おのれ、にっくき鬼め。かならずしとめてくれるわ」
田村麻呂の合図で、家来たちは、つぎつぎと矢をいかけます。
「ふん、こしゃくな」
鬼どもは鉄棒をふりまわして、飛んでくる矢をたたき落としますが、さすがは田村麻呂の家来だけあって、どの矢もするどくうなりをあげて飛んでくるので、ついには、そのうちの何本かが鬼のからだにつきささりました。
これには鬼どももビックリして、鉄棒をひきずりながら、逃げだそうとしました。
「それっ! 逃がすなー!」
田村麻呂は長い刀をひきぬくと、すばやく岩の上へかけのぼり、鬼の親分の首に切りつけます。
「ギャオオオオ!」
と、いう悲鳴(ひめい)と同時に、鬼の首が空高くはねあがり、ものすごい顔で田村麻呂めがけてとびついてきました。
ですが、田村麻呂はすばやく身をかわしたので、鬼の首は近くの木の根もとにかみつき、目を光らせたまま動かなくなりました。
残った三匹の鬼どもも、家来たちによって切りたおされ、ついに四匹の鬼が退治されたのです。
そのとき、ほら穴の奥から、だれかのすすり泣く声が聞こえてきました。
家来たちがほら穴にかけこんでみますと、フジ(マメ科のつる草の総称)のつるでからだをしばられた女の子が泣いていました。
わけを聞くと、二、三日前にここへつれてこられたというのです。
しかし、鬼どものえじきになったのか、それより前にさらわれた子どもたちの姿は、どこにもありませんでした。
田村麻呂の一行は、女の子を助け、村へともどってきました。
娘の母親はわが子の無事な姿を見て、うれし涙をこぼします。
田村麻呂のおかげで、ほら穴に鬼はいなくなり、村の人たちも安心して暮らせるようになりました。
おしまい
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