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百物語 第三十七話
番町皿屋敷
むかし、江戸の番町のあるお屋敷に、おきくという、美しい腰元(こしもと)がいました。
腰元とは、殿さまの身のまわりのお世話をする女の人です。
お屋敷には、いく人もの腰元がいましたが、殿さまの青山播磨(あおやまはりま)は、おきくが大のお気に入りです。
いつも、
「おきく、おきく」
と、可愛がっていました。
ほかの腰元は、おもしろくありません。
そして、
「ふん、なによ。おきく、おきくって」
「おきくも、おきくよ。いい気になっちゃってさ」
「ねえ、ちょっと、困らせてやろうよ」
と、悪い相談を始めました。
それは、殿さまが大事にしている、十まい一組の絵ざらを一まいかくして、おきくのせいにしてやろうというものです。
このおさらは、先祖(せんぞ)からつたわる家宝で、一まいかけても、価値がなくなってしまいます。
ある日、ひさしぶりに絵ざらをながめようとすると、九まいしかありません。
さっそく、腰元たちをよびつけて調べると、
「そのおさらなら、おきくが一まい割ったのです」
だれもが口をそろえて言うので、殿さまは、おきくをきびしくしかりました。
「自分が割ったなら割ったと、正直に言えば許してやる」
「いいえ、わたくしには、まったく身に覚えがございません。何かのお間違えです」
「えーい! 寛大に許してやると言っておるのに、まだ言い逃れをするつもりか!」
「でもわたくしは、何も知りません」
「まだ言うか! 顔も見とうない! 出て行け!」
かわいそうに、おきくはその晩、屋敷の井戸(いど)に身を投げて、死んでしまいました。
さて、それからというもの、ま夜中になると、屋敷の井戸の中から、
「一ま〜い、二ま〜い、三ま〜い、四ま〜い、五ま〜い、六ま〜い、七ま〜い、八ま〜い、九ま〜い、・・・ああ、うらめしやぁ〜」
と、あわれきわまりない声で、おさらを数える声が聞こえるのです。
そして、お屋敷にはよくないことが続いて、殿さまも腰元たちも、次々と死んでしまいました。
※岡本綺堂作の戯曲。1916年(大正5)初演では、お菊が恋仲の青山播磨の気持ちを試そうと、自分で家宝の皿を割った事になっています。
おしまい
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