|
|
百物語 第四十二話
疫病神
むかしむかし、ある村に、ひとりの漁師がいました。
ある月のない、暗い晩のこと。
浜でアミにさかなのかかってくるのをまっていると、暗い沖のほうから、
♪えんや、こらさのやー
♪えんや、こらさのやー
と、たくさんの人のかけ声が聞こえてきました。
(はて。あのかけ声はなんじゃろう?)
耳をすましてみると、声はだんだん小さく、よわくなってきました。
「くたびれた。もうだめだ」
「島はもうじきだ。それ、がんばれ」
なにやら、たいへんおもいものを、はこんでくる様子です。
漁師は、ジッとしておれなくなって、着物をぬぐと、暗い海の中にとびこみました。
そして、声のするほうへ、するほうへと、およいでいきました。
見ると、はこんでくるのは、大きな流木(りゅうぼく)でした。
おおぜいの人が、およぎながらおしてくるのです。
(きっと、あらしにあって、難破(なんぱ)した舟の人たちだろう。すけだちをしてやらにゃ)
漁師は流木に手をかけると、いっしょうけんめいおしてやりました。
すると、思いのほかスルスルとはこばれて、島におしあげることができました。
「どちらのかたか、まことに、かたじけない」
お礼のことばに、漁師がヒョイと顔をあげると、
「ウヒャ!」
そこには、男か女か、人間かばけもんかわからない、ただ、まっ黒けなものが、つっ立っています。
どちらが前か後ろかも、わかりません。
「あんたがた、どこからやってきたんじゃね?」
漁師がきくと、
「われわれは、疫病神(えきびょうがみ)でして、親方のいいつけで、この島に熱病(ねつびょう→高熱をだす病気の総称。肺炎など)をはこんできたんです」
(なんと! こりゃあしまった。とんでもないやつらの手つだいをしてしまったわい)
と、漁師がくやんでいると、疫病神がいいました。
「あんたは、しんせつなお人じゃ。あんたの家にだけは、熱病はもっていかんようにする。夜中に鳥が鳴きはじめたら、きねでうすを、コーンコーンと、たたきなされ。その音のする家にだけは、熱病をもっていかんようにする」
そういったかと思うと、疫病神たちは、スーッと、消えてしまいました。
(こりゃ、たいへんだ!)
漁師は村長の家へかけこむと、いまのことをすっかり話しました。
「そうか。それはよわったことじゃ。なにか、熱病をよける方法はないじゃろうか?」
「あります、あります。はよう、村じゅうのもんを、集めてくだされ」
♪ドンドンドーン、ジャンジャンジャーン
♪ドンドンドーン、ジャンジャンジャーン
ドラやタイコをうちならすと、村じゅうの人が集まってきました。
漁師は、いままでのことをみんな話して、
「いいか。今夜、疫病神の使いが、熱病を持ってくるんじゃ。夜鳥(やちょう→夜活動する鳥)が鳴いたら、村じゅうの家で、きねをもって、コーンコーンと、うすをたたくんじゃ。一けんのこらず、たたくんじゃ。いいな」
それを聞いた村の人たちは、家にとんでかえると、一けんのこらず、うすを庭にもちだしました。
さて、真夜中(まよなか)になりました。
暗い空に、夜鳥が、
ギャア、ギャアー
ギャア、ギャアー
と、さわがしく鳴きはじめました。
するといっせいに、村じゅうの家という家から、
コーンコーン
コーンコーン
と、きねの音が、鳴りはじめました。
厄病神たちは、こまってしまいました。
いったいどこの家へ熱病をとどけていいのか、わかりません。
ひと晩じゅう、うろうろしているうちに、とうとう夜があけてしまいました。
それで、どこの家へもよれずに、海のむこうへ帰って行ったのです。
おしまい
|
|
|