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百物語 第四十三話
羅生門の鬼
いまから千年いじょうもむかし。
京の都に酒呑童子(しゅてんどうじ)という、おそろしい鬼がいました。
大江山(おおえやま)という山にたてこもり、都へあらわれては、さんざん悪いことを重ねた鬼でしたが、この「酒呑童子」をせいぱつしたのが、あの有名な源頼光(みなもとのよりみつ)の家来の、渡辺綱(わたなべのつな)、卜部季武(うらべのすえたけ)、碓井貞光(うすいさだみつ)、坂田金時(さかたのきんとき)、の四人でした。
この四人が山ぶしすがたに身をかえて、大江山にたてこもる酒呑童子をみごとにせいばつし、都にはもとのくらしがもどったのです。
それからしばらくしたある夜、この四人が集まって酒をのんでいました。
そのころ京の都では、羅生門(らしょうもん)というところに、夜な夜なおそろしい鬼があらわれ、悪さをしているといううわさです。
「おのおのがた、どう思われる?」
リーダーの貞光(さだみつ)が言いました。
「鬼か、それはありうることじゃ」
「うん、おるかもしれんのう」
季武(すえたけ)と金時(きんとき)は、そういってうなずきましたが、もっとも年のわかい渡辺綱(わたなべのつな)だけは、むきになって反対しました。
「まさか、鬼は大江山でぜんぶ退治したではありませんか」
「しかし、とりのこしということが、あるかもしれん」
「だが、たしかにぜんぶ退治したはず」
「まあまあ、それならいっそ、羅生門にいってたしかめてみようではないか」
そうして、その代表に渡辺綱がえらばれました。
なかまの三人は、渡辺綱にこんなことをいいました。
「いいか。ほんとうに羅生門へいったかどうか、しょうこに高札(こうさつ)を立ててこい」
外は、いつのまにか生あたたかい雨がふっていました。
その中を綱は、ウマに乗って出かけていきました。
そのうち、遠くに羅生門が見えてきました。
黒々とそびえたつそのすがたは、さすがにきみわるく、なんともおそろしいものでした。
綱は羅生門に近づくと、しばらく楼門(ろうもん→二階造りの門)を見上げ、あたりに目をこらしましたが、だれもいません。
「ふん、だれもおらんじゃないか。みな、うわさを聞いてビクビクしとるな」
綱は鼻先でわらうと、やくそくの高札を羅生門の門前にうちたてました。
《渡辺綱、やくそくによりて羅生門、門前に参上す》
こうして、綱が高札を立てて帰ろうとした、そのとき。
暗い柱のかげに、一人のわかい娘が立っていました。
(はて、いつのまに。・・・こんな夜ふけに、わかい娘が一人でどこへいくのじゃろう?)
ふしぎに思った綱がたずねると、娘はこういいました。
「はい、わたしはこれから五条の父のところへもどらねばなりませぬ。でも、雨はふるわ、道はぬかるわで、こまっていたのでございます」
「ほほう、五条ならわたしの帰るほうと同じじゃ。それならいっしょに、このウマに乗っていかれるがよい」
そういって、綱が娘に手をさしのべたとき。
「ギャハハハハハッ・・・」
とつぜん、娘は鬼のすがたにかわったかと思うと、ものすごい力で綱の首をしめつけました。
そして手をはなすと、あっというまに空中高くまいあがります。
「おのれ! きさまが羅生門の鬼であったか」
と、刀に手をかける綱。
「アハハハハハッ、いまさらジタバタしたって、おそいわい!」
綱は、鬼のいっしゅんのすきをついて、そのうでめがけて切りつけました。
「えい!」
「ウギャァァァァッ!」
綱の刀は、鬼のうでをみごとに切り落としました。
「むむっ、くそっ! 綱よ、おぼえておれ。そのうで、七日間だけきさまにあずける! その間に、かならずとりもどしにいくからな!」
鬼はそうさけぶと、空高くまいあがっていきました。
切り落としたその鬼のうでは、はがねのようなごつごつした太いうでで、はりのような毛が一面にはえています。
そのうでをなかまに見せると、なかまたちは口ぐちに綱をほめたたえました。
だが綱は、このうでを七日間、鬼から守らなければなりません。
綱は七日のあいだ、警護(けいご)をげんじゅうにして、家にとじこもりました。
鬼のうでは、がんじょうな木の箱に入れられ、昼も夜も綱自身がこれを見守ります。
そうして、なにごともなく七日めをむかえました。
七日めの夜は、月の美しい夜でした。
その夜、一人の老婆(ろうば)が、綱の家をおとずれました。
老婆がいうには、自分は綱のおばにあたるもので、はるばる難波(なんば→大阪)から綱をたずねてきたとのこと。
家来たちはことわりましたが、老婆はひっしになって、
「綱に会いたい一心で、わざわざ難波からきたのじゃから、おねがいします」
それでも中に入れないでいると、
「今夜じゅうに会わねば、またいつ会えるとも知れぬ身、どうかこのばばのねがいを聞きとどけてくだされ」
と、なきだすしまつ。
こうして老婆は、とうとう綱のやしきに入っていきました。
「綱や。おぼえておいでかい? おばさんじゃよ。おまえを子どものころ、母親がわりに育てたおばさんじゃよ。ところでどうしたのじゃ? えらくものものしいが。なにか悪いことでもあったのか?」
綱はそういわれても、おばさんのことを思い出せませんでしたが、それでも問われるままに、羅生門の鬼のことを話しました。
老婆はたいそうよろこんで。
「そうかいそうかい、たとえ育ての子とはいえ、そのようなてがらを立ててくれたとはのう・・・。うれしゅうてならんわ。ところで綱や。その鬼のうでとやらを、一目だけでも見せてはくれぬか?」
さすがに綱も、それだけはことわりました。
「あすならまだしも、今夜箱をあけるわけにはいかんのじゃ」
すると老婆は、悲しそうな顔をしました。
「じゃが、わたしは今夜じゅうにどうしても難波に帰らねばならん。それに、たとえ鬼がきても、強い綱がおれば大丈夫だろう?」
こういわれて、さすがの綱も気がゆるみ、
「それならば、ちょっとだけ・・・」
綱は、子どものころ世話になったというおばさんのため、箱を開いて、中から鬼のうでをとりだしました。
「おばさん、これが鬼のうでです」
「おおっ、なんともすごいうでじゃのう。・・・どれどれ、ちょっとさわらせておくれ」
綱が老婆に鬼のうでをさしだした、そのとき、老婆のやさしそうな顔は、あのおそろしい羅生門の鬼の顔となりました。
「ギャハハハハハッ。綱よ、よいか! 七日めの夜、このうで、しかともらったぞっ!」
「おのれっ、はかったな!」
綱が刀をぬくのもまにあわず、鬼は空中高くまいあがります。
そうして、しっかりと自分のうでをにぎったまま、ものすごい音といなびかりをのこして、雲の上高く消えてしまいました。
おしまい
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