|
|
百物語 第四十四話
重箱おばけ
むかしむかし、ある町のはずれに、法華坂(ほっけざか)という、かなりきゅうな坂がありました。
ふだんは人どおりのない、ひどくさびしいところで、たまに旅のものがとおるくらいのものでした。
さて、この坂の上に茶店が一けん、坂の下にも茶店が一けん、ちょうど、おなじようにたっていました。
ところがこの法華坂には、近ごろ、ばけものがでるといううわさです。
なんでもそのばけものは、重箱(じゅうばこ→食物を盛る箱形の容器で、2重・3重・5重に積み重ねられるようにしたもの)みたいな顔をしていて、しゃべるときは、パカパカとふたがあくといいます。
それで、町の人たちは、
「重箱おばけ」
と、いって、こわがっていたのです。
この話をきいた、ひとりの侍が、
「まことに、けしからんばけものじゃ。拙者(せっしゃ)が退治(たいじ)してくれよう」
と、こしの刀をしっかりおさえ、法華坂をのぼっていきました。
いまでるか、いまでるかと、用心しながらのぼっていきましたが、なにもでません。
ついに坂をのぼりきってしまいましたが、ばけものは現れませんでした。
「ふん、拙者がこわくて、でてこれんのじゃろう。やい、ばけものめ。でるのか? でんのか?」
あちらこちらを見まわし、どなってみましたが、いっこうに返事がありません。
侍は、上の茶店の縁台(えんだい→木・竹などで作り、庭などに置いて夕涼みなどに用いる、細長い腰かけ台)にこしをおろして、わらじ(→詳細)のひもをしめなおしながら、
「おい、おかみさん。おかみさん」
と、よびました。
「はい」
「なにか、あったかいものを一つ、たべさせてくれんか」
「はい、はい」
茶店のおかみさんは、むこうをむいたまま返事をしました。
侍は前にあった茶わんに、かってに湯をさしてのみながらたずねました。
「おかみさん。ここらに、重箱おばけがでるという、うわさをきいたが、いまでもでるかな」
「はい。ときどき」
「ほう、でるかね。そいつはいったいどんなやつか、お目にかかりたいもんだ」
すると、うしろむきの女は、
「いいですよ。重箱おばけというのは」
と、いきなりクルリと、侍のほうをむきました。
その顔は、大きな重箱のように、まっ四角で、目もはなも口もありません。
ふたがパカッと開いて、
「こんなもんです。ベーッ」
と、ながい舌でアカンベーをしました。
「うわーっ!!」
侍はビックリして、とびあがりました。
退治するどころか逃げ出すのがせいいっぱいで、茶店をとびだすと、ころがるように坂をかけおりていきました。
そして、坂下にある茶店にとびこむと、ハアハアと、いきをきらせて、やっと柱につかまりながら、そばの縁台にこしをおろしました。
まだ、ひざがガクガクとふるえています。
おくではたらいている、茶店の女に声をかけました。
「いやはや、おそろしいかおじゃったわい。たったいま、拙者は重箱おばけを見てきたぞ。ねえさん。おまえさんはこんなところにおって、おそろしゅうはないのかね」
「いいえ、ちっとも」
女はふりむきもせずに、こたえました。
「そうかい。若いねえさんがこわくないとは、おどろいたな。だがそれは、重箱おばけがどんなもんか、しらんからだろう」
すると、その女は、
「あら、知っていますよ」
と、いきなりクルリと、こっちをむいて。
「だってあたしも、重箱おばけですから。ベーッ」
「ギャアアーー!!」
侍はとびあがると、すごいはやさで町へにげかえったそうです。
おしまい
|
|
|