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百物語 第四十八話
卵のような顔
むかしむかし、ある村はずれに景色のいい浜辺がありました。
「おおっ、なんてすばらしいながめだ」
たまたまそこを通りかかった男が、ふと前を見ると、若い女がひとりで、松の木によりかかって海を見ていました。
顔はよくわかりませんが、そのうしろ姿は美くしく、男はひとこと声をかけたくなりました。
(なんていおうか。それとも、ちょっとおどかしてやるか)
男はこっそり女のうしろへ近づき、ポンと肩をたたきました。
女はおどろいてふりむきましたが、ビックリしたのは男のほうです。
「ギャァァァー!」
と、さけんだまま尻もちをつきました。
なんと、女の顔には目も鼻も口もなく、まるで卵のようにツルンとしていたからです。
男は、はうようにして女のそばをはなれると、あとも見ないでかけだしました。
走って走って村の中まで来ると、道に人力車(じんりきしゃ)がとまっています。
「どこ、どこ、・・・どこでもいいから早く走ってくれ!」
男は叫ぶなり、人力車にとびのりました。
すると、人力車のそばにしゃがみこんでいだ車引きが、のっそりと立ちあがり。
「だんな、なんだってそんなにあわてているんです?」
「これがあわてずにいられるもんか! あそこの浜辺で、恐ろしい女にあった!」
「恐ろしい女ですって。そりゃまたどんな女で?」
「そっ、それはだな。つまりその、なんだ」
男がもどかしそうに説明していると、車引きが自分の顔をツルリとなでて、
「もしかして、こんな顔とちがいますか?」
車引きの顔から、たちまち目も鼻も口もなくなり、卵のようになりました。
「うえっ!」
男は人力車からとびおりると、メチャクチャにかけだしました。
もう、どこをどう走っているのかわかりません。
あまりにも走りすぎたため、苦しくて苦しくて、いまにも心臓(しんぞう)が破れそうです。
ふと前を見ると、野原の中に一軒家(いっけんや)がありました。
男は、その家の庭にとびこむと、バッタリとたおれました。
「水、水、水をくれ」
すると、おかみさんらしい女の人が出てきて、男を助け起こして、水を飲ませてくれました。
「そんなにあわてて、どうしたのです?」
「目も、鼻も、口も・・・」
いいかけましたが、息がきれて、うまくしゃべれません。
すると、女がニヤッと笑い、
「そんなら、こんな顔とちがいますか?」
と、いいました。
男がハッとして女の顔を見たら、目も鼻も口もなく、卵のようにツルンとしています。
「わあっ!」
さけんだきり、男は気を失ってしまいました。
しばらくして目をさましたら、男は野原のまん中で、はだかのままたおれていたそうです。
おしまい
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