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百物語 第五十話
大ムカデの妖怪
むかしむかし、ある山の中に大ムカデの妖怪(ようかい)が住んでいました。
どんな姿をしているのか、見た者はいませんでしたが、毎年、秋の名月(めいげつ)が近づくころになると、近くの村の娘のいる家の屋根に、白羽(しらは)の矢がうちこまれるのです。
すると、その家では名月の夜に、娘を棺おけ(かんおけ)に入れて、山のふもとまで運んでいき、そこへおいてこなくてはなりません。
もし娘をつれていかなかったら、村の田んぼや畑はメチャメチャにされてしまうのです。
だから、村人たちは泣く泣く、この恐ろしいならわしにしたがっていました。
ある年、石黒伝右衛門(いしぐろでんえもん)という武士の家の屋根に、白羽の矢がたちました。
伝右衛門(でんえもん)には、十六歳になる美しい娘がいて、まるで宝物のようにかわいがっていました。
その娘を大ムカデの人身御供(ひとみごくう→生きた人間を神さまへのそなえものにすること)に出せというのです。
(どんなことがあっても、大切な娘を渡すものか)
しかし、娘を出さなくては、村人たちがひどいめにあわされます。
いかに武士といっても、村の習わしを破ることはできません。
(よし、わしが妖怪を退治してやる)
伝右衛門は覚悟をきめ、名月の夜を待ちました。
さてその夜、伝右衛門は娘を家の蔵(くら)にかくし、みずからが娘に変装(へんそう)して、息のできるように穴のあけられた棺おけの中へもぐりこみました。
なにも知らない村人たちは、
「あんなかわいい娘さんが、大ムカデの人身御供になるなんて」
と、いいながら、伝右衛門の入った棺おけをかついで、山のふもとまで運びました。
ひとりになった伝右衛門は、しっかりと刀をにぎりしめ、棺おけの穴から外の様子をうかがっていました。
月の光が明るく、草の葉がそよそよと風にゆれています。
やがて夜もふけたころ、風がはげしくなり、草の葉が大きくうねりだしました。
と、ふいに、青白い光が流れ、目をランランと光らせた大ムカデが現れました。
何百本とある足が草をなぎたおし、棺おけの方へ近づいてきます。
その恐ろしい姿は、いかに武士の伝右衛門でも、思わず息をのむほどです。
大ムカデは長いからだで、棺おけをとりかこむと、頭で棺おけをひっくり返しました。
伝右衛門はクルリと一回転して外へとびだすと、すばやく刀をぬきます。
大ムカデの動きがいっしゅん止まりましたが、すぐに頭をふりあげると、伝右衛門にかみつこうとしました。
女の着物を脱ぎすてた伝右衛門は、大ムカデの首をめがけて刀をつきさします。
大ムカデは頭を大きくうしろへのけぞらせて、その刀をよけました。
伝右衛門は、すばやく刀を横にはらって、大ムカデのキバを切り落とすと、おおいかぶさってくる大ムカデのからだを、切って切って切りまくりました。
さすがの大ムカデも、これにはたまらず、ついにガクッと頭をおとし、それっきり動かなくなりました。
伝右衛門は大ムカデの死を確かめると、おおいそぎで自分の家へもどって行きました。
話を聞いておどろいた村人たちが、山のふもとへかけつけると、大ムカデの姿はなく、黒ぐろとした血のあとが山の方まで続いていました。
「ほんとうに死んでしまったのだろうか。もし生きていたら、どんなことをされるかわかったものでない」
村人たちはビクビクしながら、次の年の秋を待ちましたが、名月が近づいても、娘のいる家に白羽の矢はたたず、田んぼや畑も無事でした。
村人たちは大いに喜び、伝右衛門の勇気をあらためてほめたたえたといいます。
おしまい
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