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百物語 第五十三話
天井に現れた大目玉
むかしむかし、ある国に小沢村(こざわむら)という村がありました。
村には大きな池があって、いつのころからか、カニの化けものが住みつくようになりました。
なんとも恐ろしい化けもので、池にやってくる人をつぎつぎと食い殺し、ついには、近くにある寺の和尚(おしょう→詳細)さんまで池に引きこみ、食い殺してしまったのです。
村の人はこの池をこわがり、昼間でもめったに近づく者はいません。
和尚さんのいなくなった寺には、訪れる者はなく、日がたつにつれ、あれ寺に変わっていきました。
さて、この国の海岸寺(かいがんじ)という寺に、有名な和尚さんが住んでいました。
学問ばかりでなく、さむらいにも負けないくらい肝っ玉の太い和尚さんで、だれからも尊敬(そんけい)されています。
ある時、旅人から小沢村の化けものの話を聞かされた和尚さんは腹をたて、
「どんな化けものか知らんが、仏に仕える者までも食い殺すとは、けしからん!」
と、さっそく小沢村にやってきました。
村人がとめるのも聞かずに、和尚さんが池の近くのあれ寺をたずねていったら、ひとりの小僧が出てきました。
(はて、たしか、だれもいないはずだが・・・)
と、ふしぎに思いながらも、小僧にたずねました。
「この寺の住職(じゅうしょく)は、いかがなされた」
「用事があって、よそへ出かけておられます」
「いつ、もどられる」
「さあ、しばらくはもどらないというだけで、いつもどるとは聞いておりません」
(これは、いよいよ怪しいぞ)
そこで和尚さんは、なにくわぬ顔でいいました。
「わしは旅の僧。今夜ここに泊めてもらえぬか?」
すると、小僧はニコニコして、
「どうぞ、どうぞ。こんなあれ寺でよかったら、えんりょなくお泊まりください」
その晩、和尚さんがお堂の中で横になっていたら、近づいてくる足音がします。
足音はお堂の前でとまり、扉(とびら)を開く音がしました。
「なに者!」
和尚さんがすばやく立ちあがって杖(つえ)をかまえたら、昼間の小僧が立っていて、
「わしの問答を受けてみろ!」
と、いいました。
「のぞむところ。なんなりと問いかけてみろ」
「ならば聞く。オテにコテとはこれいかに」
「オテにコテとは鎚(つち→金づちや木づちのこと)のことなり。カツ!」
いうなり和尚さんは、小僧の頭を杖でたたきました。
そのとたん、小僧の姿が消え、天井が音をたてて破れます。
ハッとして上を見ると、針金のような黒い毛のはえた足がたれさがり、どなるような声で、
「タイソクはニソク、ショウソクはロクソク、リョウガンはテンをむく。これいかに」
と、いいます。
「大きな足が二本に小さな足が六本、両方の目が天をむくのは、カニの化けもの。きさまがこの寺の和尚を食い殺したのだな!」
和尚さんは杖(つえ)をふりあげ、その毛むくじゃらの足を力いっぱいたたきつけました。
そのとたん天井に大目玉が現れ、カミナリのようにかがやいたかと思うと、ガシャリと下へ落ちました。
和尚さんは、その上へもういちど杖をふりおろします。
「ギャオオオ!」
と、いうものすごいさけぴ声とともに、あたりがまっ暗になりました。
翌朝、お堂の中を見てみると、天井が破られ、床の上に黒い血のようなしみがテンテンとついていました。
和尚さんは、かけつけてきた村人にいいました。
「もうだいじょうぶだ。池へ行ってみろ。背中をつぶされたカニが浮いているはずじゃ」
村人たちがこわごわ池のそばへ行くと、たしかに背中を割られた大きなカニの死体が、プカリと浮いていました。
村人たちは大喜びで和尚さんにお礼をいい、あれはてた寺をもういちど新しくたてなおし、名前もカニ寺と名づけることにしたということです。
おしまい
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