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日本のとんち話 第38話
ネコの茶碗
むかし、峠(とうげ)で茶店をひらいているおばあさんが、一匹のネコをかっていました。
もともと野良(のら)ネコだったのが、いつのまにか住みついたものなので、どう見ても由緒(ゆいしょ)あるネコとは思えません。
ところが、ネコのごはんを入れる茶わんときたら、なんともめずらしい焼き物で、すこし目ききの人なら、のどから手が出るほどほしくなる品物でした。
おばあさんは、そんな茶わんを平気で店先に置き、まるで気にもとめないようすです。
ある時、茶店で休んでいた金持ちのだんなが、それを見ておどろきました。
(ネコに小判(こばん)とはよく言ったものだ。このばあさん、茶わんの値打(ねう)ちがまるでわかっていない)
そこで、なんとかおばあさんをだまして、ネコの茶わんを手に入れたいと考えました。
だんなはネコのそばへ行き、その頭をなでながら、
「なんてかわいいネコだ。じつにすばらしい」
「そうですか。一日中ブラブラしているか、食べるだけで、なんの役にも立たんネコですよ」
「いいや、なかなかに、りこうそうな顔をしたネコだ。それに毛のつやもいい。なんならわしにゆずってくれないか?」
「かわいがってくれるなら、ゆずってもいいですよ」
おばあさんの言葉に、だんなはしめたと思いました。
ネコといっしょに、あの茶わんもつけてもらえばいいのです。
「そんなら、いくらでゆずってくれる」
「そうですね。ネコのことですから高くも言えませんが、一両でゆずりましょう」
「はっ? 一両(約七万円)も!」
(こんなきたないネコに一両も出せとは、とんだばあさんだ)
と、思いましたが、あの茶わんは、とても一両や二両で買える品物(しなもの)ではありません。
「わかった。一両出そう」
だんなは、ふところから財布(さいふ)を出して、一両小判をおばあさんに渡しました。
「ところで、ネコをもらったついでに、この茶わんももらっていいかな。新しい茶わんより、食べなれた茶わんのほうが、ネコもよろこぶと思うので」
そのとたん、おばあさんがピシャリと言いました。
「いいえ、茶わんをつけるわけにはいきません。これは、わしの大事な宝物ですから!」
(ちぇっ、このばあさん、茶わんの値打ちをちゃんと知っていやがる)
だんなはくやしくなって、思わず声をはりあげました。
「大事な宝物なら、なんでネコの茶わんなんかにするんだ!」
ところが、おばあさんも負けてはいません。
「なにに使おうと、わしの勝手でしょうが! さあ、ネコを持って、とっとと帰っておくれ。この茶わんは、いくら金をつまれたってゆずれませんからね!」
だんなはしかたなく、ネコを抱いて店を出て行きました。
でも、もともとネコの好きでないだんなは、このきたないネコを見ていると、だんだん腹がたってきて、殺してやろうかとも思いましたが、でも、ネコを殺したところで、一両がもどってくるわけではありません。
「おまえなんか、どこへでも行け!」
だんなは、とうげの途中でネコを投げ捨てました。
ネコはクルリと回転して着地すると、そのまま飛ぶように茶店へともどっていきました。
「よし、よし。ようもどってきたな」
おばあさんはネコを抱きあげると、何度も頭をなでてやり、
「おまえのおかげでまたもうかったよ。これで二十両目だね。ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ」
おばあさんは、この手で客を次つぎとだましては、どっさり金をためこんだそうです。
おしまい
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