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百物語 第五十八話

サケのおじいさん

サケのおじいさん

♪音声配信
朗読 : ぬけさくのいちねん草紙

 むかしむかし、ある北国の川に、太助(たすけ)とよばれる大きなサケが住んでいました。
 毎年、冬が近づくと、太助がたくさんのサケを道案内して、川上の卵を産む場所へサケたちを連れて行くのでした。
「おお、今年もたくさんのサケが来たな」
「間違っても、大助だけはアミにかけるでないぞ」
「そうそう、毎年たくさんのサケが来るのは、太助のおかげだからな」
 漁師たちはそう言って、道案内の大助が通り過ぎてからサケをとりはじめるのです。
 太助は、とても大事にされていました。
 ところがこの川の近くにサケ好きの長者(ちょうじゃ)がいて、以前からサケの太助を食べたいと思っていたのです。

 ある日の事、この長者が、長者の家で働いている大勢の人たちに言いました。
「サケの大助を、食ってみたい。そこでみなの衆、大きなアミを作れ。よいか、川幅いっぱいの大アミを作るのじゃ」
「えっ、あの太助をとるのですか?」
「そうじゃ。さあ、はやくアミを作れ」
「・・・・・・」
 長者の言いつけなので、みんなは仕方なく長い長い大アミを作りました。

 さていよいよ、大アミが出来上がった晩の事です。
 長者が眠っていると、まくらもとに白いひげの仙人(せんにん)のようなおじいさんが現れました。
「これ、長者よ。明日の朝、大助がサケを連れて川をのぼる。サケは、いくらでもとるがよい。ただし大助だけは、アミにかけないでくれ。たのんだぞ」
 そう言い残して、おじいさんは消えました。

 次の朝、長者は夜が明けないうちから、家の者をたたき起こして川に行きました。
 やがて海から波をたてて、数え切れないほどたくさんのサケがのぼってきました。
 サケのむれの一番先頭には、特別大きい大助の姿が見えます。
 それを見た長者は、大声でさけびました。
「それ、今だ! アミをはれ! 大助を逃がすなでないぞ!」
 川幅いっぱいに大アミがはられて、たくさんのサケがアミにひっかかりました。
 サケのうろこが朝日をあびて、キラキラと輝いています。
 今日は、今までにない大漁でした。
 でもその中に、大助の姿はありませんでした。
「太助はどうした?! 太助を探し出すんじゃ!」
 大声を上げる長者の前に、昨日のおじいさんが姿を現しました。
 おじいさんは長者に、悲しそうな顔で頼みました。
「長者よ、大助をとってしまったら、たくさんのサケたちの道案内がなくなってしまう。道案内がなくなれば、サケたちは川をのぼる事が出来ん。どうか太助を、見逃してやってくれ」
 しかし長者は、首を横に振っておじいさんに怒鳴りつけました。
「いやじゃ! わしは太助を食うんじゃ! ほかのサケがどうなろうが、わしは知らん!」
 するとおじいさんの姿がスーッと消えて、気がつくと長者の足下に特別大きなサケが一匹、横たわっていました。
 そのサケこそが、太助です。
「やったぞ! ついに太助を手入れたぞ」
 長者は手をたたいて喜びましたが、その日から長者は不運続きで、やがてひどい貧乏になってしまいました。
 そして次の年から、この川にはサケが一匹も来なくなったそうです。

おしまい

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