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百物語 第六十話
海坊主にあった船のり
むかしむかし、徳蔵(とくぞう)という船のりがいました。
船のりの名人として知られ、徳蔵のあやつる船は、どんな嵐ものりきり、これまで一度として遭難(そうなん)したことはありません。
だから船主たちは、だいじな荷物を運ぶとき、かならず徳蔵の船を選ぶほどです。
しかし、そんな徳蔵にも肝(きも)をひやすような出来事がありました。
ある日、徳蔵は荷物をおろしたあと、のんびりと船をこいでいました。
空は晴れ、おだやかな波の上で海鳥たちがたわむれています。
「なんて静かな海だ」
すっかりいい気分になった徳蔵は、歌を口ずさんでいました。
はるかむこうに、島影が見えたときです。
ふいに、なまあたたかい風が吹いてきて、波が高くなりました。
沖の方をふり返ると、さっきまで晴れていた空に黒い雲がわきだし、みるみる広がっていきます。
「おかしいなあ?」
徳蔵は首をかしげました。
これまで長年の経験で、こんな日は、絶対に嵐などやってきません。
それでも、あたりは暗くなり、船の上まで黒雲がたれてきました。
波はいよいよ高くなり、船が大きくゆれます。
やがて雨が降りはじめると、はげしい嵐になりました。
(こういうときは波にさからわず、じっとしていることだ)
徳蔵は船をこぐのをやめると、ろ(→船をこぐための棒)を船に引きあげたまま、船のバランスをとるために、船底にうずくまっていました。
船はまるで、木の葉のようにゆれます。
と、そのとき、目の前の海から黒いものが浮きあがり、あっというまに高さ一丈(約三メートル)ほどの大入道になりました。
「ば、化けもの!」
さすがの徳蔵もビックリです。
けれど、腕ききの船のりだけのことはあり、あわてずにその化けものをにらみつけました。
化けものの両眼が、ランランと光っています。
そして、うなるような声でいいました。I
「どうじゃ、わしの姿は恐ろしかろう!」
すると徳蔵も、負けじといい返します。
「なにが恐ろしいもんか。世の中には、おまえより恐ろしいものはいくらでもいる。とっとと消えうせないと、このろでたたき殺すぞ!」
徳蔵のすごいけんまくに、ぎゃくに化けものがあわてました。
「チビのくせに、おそろしい男だ」
化けものはそのままスーッと海へ沈むと、それっきり姿を見せなくなりました。
と、同時に嵐がやみ、ふたたび空に日がもどります。
家にもどって、このことを近所のもの知り老人に話したら、それは海坊主という妖怪(ようかい)で、からだがうるしのように黒く、嵐をおこして船を沈めるというのです。
(なるほど、それにしても、よく船を沈められずにすんだものよ)
この話しはすぐに広まり、海坊主をおいはらった船のりとして、徳蔵への仕事の依頼(いらい)は、ますますふえたということです。
おしまい
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