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百物語 第十話
イワナの坊さま
むかしむかし、山ふかい谷川でのことです。
その日は朝から、山ではたらく男たちがあつまってきて。
「きょうは祭りだもの、どくもみをして、川のごちそうをドッサリとるべえ」
男たちはウキウキしながら、したくにとりかかります。
サンショウの木のかわをはぎとってきざみ、なべでグツグツとにつめ、その煮汁に石灰と木の灰をまぜ、さらににつめて、いくつもの小さなダンゴにまるめます。
これで魚をとる、どくダンゴのできあがりです。
どくもみとは、このどくダンゴで魚を殺してつかまえることです。
すっかり用意ができて、男たちはべんとうをひらきました。
祭りの日しか食べられない、ダンゴとアズキめしのごちそうです。
ところが、ふと気がつくと、そばにひとりの坊さまが立っています。
目のするどい、年とった坊さまです。
「おや、坊さま・・・」
「おまえたちは、このふちで、どくもみをするらしいのう。だがな、つりをするならばともかく、どくもみだけは、けっしてするなよ」
男たちは、だまったまま顔を見あわせました。
どくダンゴをふちになげこむだけで、たくさんの魚がとれます。
坊さまにいわれたからと、やめてしまうのはもったいない。
坊さまはさとすように、いいました。
「どくもみはのう、おまえたちにとっては、かんたんに魚がとれておもしろかろう。だがな、ふちの魚たちはぜんぶ死んで、それこそ根だやしになってしまうのじゃ。みなごろしとは罪ぶかいことじゃぞ。なにはともあれ、やめなされ」
すると、力じまんのひげ男が、ペコリと頭をさげて、
「へえ坊さま、かんがえなおしますので、まあまあ、これでもめしあがってくだされ」
と、ダンゴとアズキめしをさしだしました。
「そうか、やめてくれるか。それはよかった。・・・では、ごちそうになろうかの」
坊さまは、パクリパクリと、のみこむように食べると、どこへともなく、たちさりました。
「どこの坊さまかは知らんが、ああいわれてはなあ・・・」
「せっかく用意したが、やめにするか・・・」
と、男たちはいいあいました。
「いやまて。やめてはつまらん。おれひとりでも、どくもみはするぞ」
ひげ男がいいました。
そこでみんなも、いっしょにどくダンゴをふちになげ入れました。
しはらくまつうちに、つぎつぎとたくさんの魚がうきあがってきて、おもしろいほどとれます。
さいごにすがたをあらわしたのは、見たこともないような大イワナです。
「これは、ふちの主かもしれねえ」
バシャバシャとあばれるのを数人がかりでおさえこみました。
つかまえたえものを村へもちかえると、女や子どもたちが、よろこんでとりかこみます。
まず小魚をわけあってから、最後に大イワナを切りわけることになりました。
ひげ男が、ズバリとはらを切りさくと、
「ややっ・・・こ、これは!」
なんと、大イワナのはらの中から、ダンゴとアズキめしがでてきたのです。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
男たちの顔が、まっさおになりました。
「さては、あの坊さまが・・・」
「あっ! この大イワナ、死んでもまだ、ギロリと目をむいたぞ」
こわくなった女や子どもたちが、にげだしました。
「おら、いらねえ」
「おらもえんりょする」
男たちも、コソコソとにげました。
「だらしねえやつらじゃねえか」
ひげ男は大イワナをひとりで家に持ち帰ると、ぜんぶ食べてしまいました。
さて、その日からしばらくして、ひげ男の家では、ひげ男をまっさきに、つぎからつぎへと家の者が死んで、とうとう根だやしになってしまったということです。
おしまい
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