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百物語 第六十六話
死の国へはこぶ火の車
東京都の民話
むかしむかし、あるところに、又吉(またきち)というならずものがいました。
若いころからのならずもので、けんかや賭け事はもちろんのこと、ひどいときには借金取りの用心俸(ようじんぼう)になって、ねている病人のふとんまではぎとったといいます。
その又吉もすっかり年をとり、一人娘の家で病気の体をいやしていました。
又吉の娘は近所でも評判のとてもやさしい娘で、おむこさんと一緒に又吉のめんどうをいっしょうけんめいみていました。
ところが、又吉は日に日によわっていくばかりです。
医者から、
「いよいよ、今夜あたりがとうげだ」
と、いわれた日の夜、家のすぐ近くにひとだまが現れました。
それを見た人たちは、
「なにか不吉な事が、おきなければいいが」
と、ビクビクしていました。
ま夜中ごろになって、又吉の具合が急に悪くなりました。
おどろいた娘はおむこさんにたのんで、すぐに医者をつれてきてもらいました。
医者はむずかしい顔をして、又吉の手をとりました。
「心臓がひどく弱っている。でも、今夜がんばれば、まだ少しは持つだろう」
ところがそのとき、まわりが急に明るくなったかとおもうと、火の車を引く赤鬼が現れました。
おどろいて逃げようとする又吉を、赤鬼はいきなりだきあげて、火の車にのせました。
「いやだ! まだ死にたくない!」
どこにそんな力があったのかと思うくらい、又吉は大声をはりあげてもがきました。
娘とおむこさんも、なきながら手をあわせてたのみました。
「おねがいです! どうか、つれていかないでください」
あまりの出来事に、医者はうろうろするばかりです。
なきさけぶ家の者をあとにして、やがて赤鬼の引く火の車は部屋を出て、又吉をのせたままはるか東の空にのぼっていったという事です。
おしまい
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