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百物語 第七十四話
なますの好きな侍
石川県の民話
むかしむかし、能登の国(のとのくに→石川県)のある岬(みさき)に、大島藤五郎(おおしまとうごろう)という浪人(ろうにん)が住んでいました。
藤五郎は魚のなます(魚や貝などをこまかく切って、すにひたした食べもの)が大好きで、これがないと一日もがまんができません。
「よくもあきずに、毎日毎日食べられるものだ」
と、人がいっても、
「世の中に山海の珍味(ちんみ)は多くとも、なますにまさるものはない。いくら食べようと、あきることがない」
と、いうのです。
さてある日の午後、藤五郎は仲間をつれて浜辺に出かけました。
とてもおだやかな日で、朝早く沖へ出た漁師たちがたくさんの魚を船にのせて、つぎつぎと浜へもどってきます。
それを見ると、藤五郎はもうがまんができず、さっそく魚を何匹も買いとり、
「うまそうな魚だ。なますをつくって、みんなにもごちそうしよう」
と、近くの漁師の家で、料理の道具を借りてきました。
浜辺にむしろをしいて料理を始めましたが、大好物というだけあって、なますづくりの腕はだれよりも上手です。
大きなおけの中は、たちまちなますの山になりました。
「さあ、どんどん食ってくれ」
そういって、藤五郎もなますを口にほおばりました。
「うむ?」
とたんに、魚の骨がのどにひっかかったような気がしたので、あわててはきだしてみると、マメつぶぐらいの赤い玉のような骨が出てきたのです。
「拙者(せっしゃ)としたことが、骨を残すとはなさけない」
と、いいながら、その骨を茶わんに入れて、皿でふたをしました。
あらためてなますを食べてみましたが、もう骨は残っておらず、いつもと変わらないおいしさです。
「なるほど、おぬしのいうように、なますとはうまいものだ」
仲間たちも舌つつみを打って、なんどもおかわりをしました。
「いやあ、食った、食った」
仲間たちが満足しておなかをさすっていると、とつぜん骨を入れておいた茶わんが転がり、赤い玉のような骨が飛び出してきました。
みんながその骨を見ていると、みるみるうちに一尺(いっしゃく→約三十センチ)ぐらいにのびて、やがて人の形になって動きはじめたのです。
あまりの不思議さに、藤五郎も仲問たちも目を丸くしたまま声が出ません。
人の形になった骨は、グルグルと動きまわるうちに、六尺(ろくしゃく→約百八十センチ)ばかりの大男になって、藤五郎めがけておそいかかってきたのです。
藤五郎はあわててうしろへとびのき、刀を抜きました。
浪人とはいえ、藤五郎はすご腕の侍です。
相手のおなかめがけて刀をつき出すと、大男はクルリと身をかわして、今度はこぶしをにぎりしめて、藤五郎の頭をなぐりつけてきます。
こんな大きなこぶしになぐられたら、ひとたまりもありません。
藤五郎も負けじと身をかわして、相手のすきを見て背中に切りつけました。
そのとたん、ドッと血が吹きだして、砂浜を赤くそめました。
それでも大男はこぶしをふりあげて、ものすごい形相(ぎょうそう)でおそいかかってきます。
仲間たちもすけだちしようと刀を抜いたのですが、目の前が霧(きり)のようにかすんでよく見えず、大男と藤五郎のはげしい息づかいが聞こえるばかりです。
さすがの藤五郎も疲れてきて、こぶしでなぐられそうになったとき、運よくその腕を切りおとしました。
「ギャーーー!」
さすがの大男もこれにはたまらず、ものすごい悲鳴をあげて倒れました。
「やったぞ!」
藤五郎の声が、霧の中から聞こえてきました。
仲間たちが息をのんで声のする方を見つめていると、やがて霧が晴れて、返り血に染まった藤五郎が片手になにかをさげて立っていました。
大男はどこへ消えたのか、姿はありません。
「見ろ、大男の腕を切りおとしたぞ!」
仲間たちがかけよると、それは大男の腕ではなく、大きな魚のひれでした。
それでも藤五郎は、魚のひれをふりまわし、
「やった、やった!」
と、さけびながらかけまわり、バタンと気を失って倒れました。
仲間たちは藤五郎を家に運び、医者をよんできましたが、いっこうに目を覚ましません。
それでも七日ほどしてようやく目を覚ました藤五郎に、あの時のようすをたずねてみましたが、藤五郎はまるでおぼえていないというのです。
あの大男は、魚を食べ過ぎる藤五郎に仲間の仕返しをしにきた、魚の妖怪だという事です。
おしまい
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