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百物語 第七十七話
おぶさりてえ
岐阜県の民話
むかしむかし、八幡(やはた)さまの奥の院にある高い高い杉の木のてっぺんに、バケモノがすんでいました。
そのバケモノは、毎日ひぐれになると、
「おぶさりてえー、おぶさりてえー」
と、さけぴ、木の下をとおる人がいると、木をスルスルとおりてきて、
「おぶさりてえー、おぶさりてえー」
と、追いかけてくるのです。
こんなわけで、夜になるとだれ一人、八幡さまのあたりをとおる者はいませんでした。
さて、ある晩の事。
侍(さむらい)が三人あつまって茶のみ話をしていると、一人の侍がいいだしました。
「どうじゃ。われら三人で碁(ご)をうって、負けたものはバケモノをおぶってくる事にしようではないか」
「うん、それはおもしろかろう」
「さんせい」
そこで三人は、さっそく碁をうちはじめました。
ところがなんと、負けたのは三人の中で一番こわがりの侍でした。
弱虫の侍は、しょんぼりと自分の家にかえって、嫁さんに別れのあいさつをしました。
「これで、お前の顔も見おさめじゃ。わしはもう、生きてはかえれんかもしれん。お前も体に気をつけてくらせよ」
そう言って、八幡さまへでかけていきました。
最初の鳥居(とりい)をくぐり、次に二の鳥居(とりい)、三の鳥居と進んでいきましたが、体がブルブルとふるえてしまい、今にも気絶してしまいそうです。
それをどうにかがまんして、なんとか八幡さまの拝殿(はいでん)までたどりつきました。
ガラン、ガラン、ガラン
鈴のひもをひくと、
「どうぞ八幡さま。ぶじで約束がはたせますように。バケモノをおぶってかえれますように」
と、両手をあわせながら、いっしんにおがみました。
さて、おそろしいのはこれからで、奥の院までいかなくてはなりません。
弱虫の侍は、もう死んだ気で走り出しました。
奥の院の杉の木の下までくると、高い杉の木のてっぺんを見あげて、思いっきりわめきました。
「やいバケモノ! おぶさりてえなら、さあ、このおれにおぶされい!」
すると上の暗やみから、ガリガリッと、つめで木の幹(みき)をひっかきながら、何かが降りてきました。
そして侍の背中に、ズッシリとおぶさったのです。
その重たい事といったら、いまにも腰がおれてしまいそうです。
でも弱虫の侍は、死にものぐるいでふらつく足をふんばり、なんとか家までたどり着きました。
「そら、ここへ降りろ」
玄関(げんかん)の土間(どま)に降ろそうとしましたが、バケモノはしっかりとしがみついて、降りようとはしません。
弱虫の侍はしかたなく、茶の間にあがって、
「さあ、ここへ降りろ」
と、いいましたが、ここでも降りてくれません。
それで今度は奥の座敷に入って、床の間のほうへ背中をむけると、
「そんなら、お前。ここへ降りろ」
と、いうと、今度はあっさりと降りてくれました。
さあ、降ろしたのはいいのですが、弱虫の侍はそのバケモノを見る勇気もなく、そのままとなりの部屋へかけこんで、ふとんを頭からかぶって一晩中、ブルブルとふるえていました。
さて、あくる朝です。
嫁さんが座敷のそうじにいって、おどろいた声をあげました。
「お前さん、お前さん。大変だよ」
朝になっても、まだふとんの中でブルブルとふるえていた弱虫の侍は、嫁さんに引っ張られるように座敷に連れて行かれました。
「お前さん、何をふるえながら目をつぶっているんだい。はやくこれを見てごらん」
嫁さんにいわれて、弱虫の侍がおそるおそる目を開けてみると、昨日おぶってきたバケモノはおらず、そのかわりに大判小判の入った大きなツボが、座敷の真ん中においてあったという事です。
おしまい
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