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百物語 第七十九話
美しい山姫
岡山県の民話
むかしむかし、備前の国(びぜんのくに→岡山県)に一人の猟師がいました。
ある日の事、けものを追うのに夢中で、あちこち走りまわっているうちに、どんどん山奥へ入り込んでしまい、道に迷ってしまいました。
「さて、これはこまった事になったぞ。この山は夜になると化け物が出ると聞くからな」
猟師が草木をわけて進んでいくと、ふいにうしろで人の気配がしました。
ふり返ってみると、なんと一人の娘が立っていて、ニッコリとほほえんでいるではありませんか。
年は二十才ほど、まるで絵からぬけ出たような美人で、顔はすきとおるように白く、肩までたらした黒髪はつややかで、花がらの着物もめずらしく、あふれるような色気があります。
いくらなんでも、こんな山奥にこんな娘がいるはずありません。
(もしかして、人に姿を変えた化け物では?)
男はすばやく鉄砲を持ちなおすと、娘の胸をめがけて玉をうち込みました。
ズドーン!
ところが娘は、その玉をひょいと右手で受けとめると、牡丹(ぼたん)の花のような口びるにくわえて、ニッコリほほえむのです。
(まぎれもなく、こいつは化け物だ)
男はあわてて鉄砲に玉を込めて、二発目を打ち込みました。
ズドーン!
それでも娘は顔色一つ変えず、今度は左手でその玉を受けとめると、いかにも楽しそうに笑うのです。
さすがの男もこわくなり、その場に鉄砲を投げすててかけ出しました。
やっとの事で山から出ることができましたが、思い出すだけでも、体がブルブルとふるえます。
その夜、物知りで有名な近所の老人のところへ行って、今日の出来事を話しました。
「キツネやタヌキなら、もっと悪さをするはずだし、山姥(やまんば)が化けたにしては、あまりにもきれいすぎる」
すると老人は、男に言いました。
「それは山姫(やまひめ)というものじゃ。めったなことではあえぬ妖怪(ようかい)だが、それはそれは美しい姿だというぞ。べつに悪さをするわけではなく、おとなしくしていれば宝物をくれるという話じゃ」
「なんと。そうとわかっていれば、鉄砲などうつのではなかった。まことに残念なことをした」
男はひどくくやしがり、それから何度も同じ山へ出かけて見ましたが、ついに山姫にあうことは出来ませんでした。
おしまい
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