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百物語 第八十三話
大ムカデ退治
滋賀県の民話
むかしむかし、近江の国(おうみのくに→滋賀県)に、俵藤太(たわらとうた)という弓の名人がいました。
あるの事、琵琶湖(びわこ)にかかっている橋を渡っていると、人間の五倍もある大蛇(だいじゃ)が、橋のまん中に横たわっていました。
二つの目をランランと光らせて、口から炎をはきだしています。
たいていの者ならこれを見て逃げだすでしょうが、さすがは弓の名人、
「こんなところに寝そべるとは、じゃまなやつだ」
と、いいながら、藤太は大蛇の背中をゆうゆうとふみしめながらのりこえていったのです。
すると、うしろから、
「もし、もし」
と、呼びとめる者がいます。
(さては大蛇め、背中をふまれて腹をたてたか)
そう思ってふりむいてみると、そこには大蛇の姿はなく、美しい女が立っていました。
「なにか用か?」
「はい、あなたさまにぜひお願いしたいことがございます」
美しい女は、ていねいに頭をさげました。
「正直に申しあげます。こんな姿に化けてはおりますが、わたくしはこの橋の下に住む竜でございます。あなたがとても強い侍(さむらい)と聞いて、大蛇に化けて橋の上に寝ておりました。うわさどおりあなたは勇気のあるおかたで、大蛇を見ても顔色一つ変えませんでした」
「なるほど、それにしても美しい女に化けたものだ」
「ありがとうございます。それで、じつはむこうに見えます三上山(みかみやま)に住む大ムカデが、ときどきこの湖に来て、わたくしどもの仲間をさらっていくのです。このままでは竜の一族はほろんでしまいます」
「なるほど、しかしあいてはたかがムカデであろう。竜ならムカデなど」
「いいえ。なにしろ相手は三上山を七巻き半も巻くという大ムカデ。とてもわたくしどもの手におよびません。お願いです。どうか大ムカデを退治してください」
女に化けた竜は、手を合わさんばかりに頼みこみました。
そこまで頼まれれば、藤太もあとへはひけません。
「わかった。そんなにこまっているなら、わしが助けてあげよう」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
女は藤太の前に立って、歩きはじめました。
いつのまにできたのか、湖の上に道が続いていて、その上を女はどんどん進んでいきます。
しばらく行くと、むこうに竜宮城が見えてきました。
金銀をちりばめた御殿(ごてん)は、目のさめるような美しさです。
(ほう。これが竜宮城というものか)
藤太がうっとりながめていると、竜王(りゅうおう)が家来をつれて迎えに出てきました。
「さあ、どうぞどうぞ」
藤太の案内された部屋は、水晶をしきつめた大広間です。
おぜんの上には山のようにごちそうがならべられ、金のかめには上等の酒がなみなみと入っています。
やがて美しい女たちが現れ、笛や鐘(かね→小形の叩いて鳴らす楽器)の音にあわせて踊りはじめました。
藤太はまるで夢の中にいるような気分で、時間のたつのも忘れていました。
そのうちに、大広間がきゅうに暗くなりました。
「藤太さま、大ムカデがやってきました」
藤太を竜宮城へ案内した女がふるえる声でいうと、われにかえった藤太は弓と矢を持って立ちあがりました。
「よし、みんなかくれろ」
三上山の空がにわかに赤くなったかと思うと、何百もの火の玉が飛びかって、それがこっちへとむかってきます。
「あれは、大ムカデの目にちがいない」
藤太は弓に矢をつがえると、いちだんと光っている二つの火の玉のまん中をめがけて矢を放ちました。
ガチン!
矢が岩にあたったような音をたてて、はねかえりました。
藤太はすばやく、二本目の矢を放ちますが、
ガチン!
この二本目の矢も、はじきとばされてしまいました。
矢はもう、あと一本しか残っていません。
大ムカデはうなり声をあげながら、どんどん近づいてきます。
「これは弱った、どうしたものか」
さすがの藤太も、少しあわてました。
「ああ、どうしたらいいのだ? なにか弱点でもあればいいまだが・・・」
竜王は、藤太の横でおろおろするばかりです。
「弱点。・・・うむ。そうだ、忘れていた」
藤太は三本目の矢の先を口に入れると、たっぷりと魔よけのつばをつけました。
魔物というものは、人間のつばが大きらいなのです。
その矢を弓につがえると、力いっぱい引きしぼり、
「これでもくらえ!」
と、放ちました。
矢はうなりをあげて飛んでいき、大ムカデの額(ひたい)へと食い込みます。
「ウギャーーー!」
大ムカデは地響きのような叫び声をあげました。
それと同時に、何百という火の玉が一度に消えたかと思うと、ものすごい水しぶきがあがります。
ふと見ると、湖の水がまっ赤で、額に矢を射られて死んだ大ムカデのからだが、ゆらゆらとゆれていました。
「ありがとうございました。これで安心して暮らせます」
竜王は何度も頭をさげて、お礼を言いました。
それから家来に命じて、米を一俵と絹を一反(いったん→幅二十七センチ、長さ九メートルの布)、そして釣り鐘を一つを運んでこさせて、
「これはお礼のしるしです。どうかお持ちください」
と、言いました。
藤太は喜んで贈り物を受けとり、竜王の家来たちに運ばせながら家へ持って帰りました。
不思議な事に、米俵の米はいくら出してもへることがなく、絹の反物(たんもの)も切れば切るほどふえていきました。
おかげで藤太は、なに不自由なく暮らすことができました。
そして釣り鐘は、近くの三井寺に奉納(ほうのう→寺や神社にものを納めること)したのです。
その美しい鐘の音は、琵琶湖を渡り近江の国のすみずみまで鳴りひびくと言われています。
おしまい
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