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百物語 第八十五話
花散る下の墓
大阪府の民話
むかしむかし、大阪の町に、河内屋惣兵衛(かわちやそうべえ)という人がいました。
惣兵衛(そうべえ)の屋敷には、年を取った一匹のぶちネコがいます。
このネコを一人娘のお千代(ちよ)は、まだ子どもの頃から大変可愛がっていました。
お千代のそばにはいつもネコがいるので、町の人は、
「お千代の婿さんは、ネコだよ」
と、陰口を言っていました。
それを耳にした惣兵衛は、
「こんな事では、娘がお嫁に行けない。何とかしないと」
と、いつも考えていました。
さて、春も浅い、ある晩の事。
家の者が集まって、ひそひそ話をしています。
「ネコは捨てても、必ず帰ってくるというからのう」
「かわいそうじゃが、殺すしかほかあるまい」
この話を聞いていたのか、その日から、ぶちネコはどこかへ行ってしまいました。
ところが、いく日かたったある晩の事。
惣兵衛がふと、まくらもとを見ると、ぶちネコがいます。
「おお、ぶちか。なんでお前は、姿を隠しおった」
と、たずねると、ぶちネコは悲しそうに言いました。
「はい。わたくしがおりましては、お嬢さまの為にならないと申されましたので、このまま姿を消そうと思いました。ですが、そのようなわけにもまいりません。と、いうのも」
ここまで言うと、ネコはきちんと前足をそろえて、真剣な顔で惣兵衛に言いました。
「この屋敷には、年をへた化けネズミが一匹、住みついております。そいつがお嬢さまに見いって、おそばに近づこうといたしますので、わたしがお守りしておりました」
「おお、そうか。それはすまぬ事をした。だが、お前はネコでありながら、なぜネズミが取れぬのじゃ?」
「はい、だんなさま。ネズミを取るのがネコの役目なれど。この化けネズミだけは、とうてい、わたしの力ではかないませぬ。そこでお願いがございます。島の内の市兵衛(いちべえ)さまの家にとらネコが一匹おります。とらとわたしとが力を合せれば、必ずその化けネズミを退治する事が出来ましょう」
そう言ったかと思うと、ネコの姿はかき消す様に消えてしまいました。
「ああ、夢であったか」
あくる朝、惣兵衛が夢の事を妻に話すと、妻は、
「まあ。さようでしたか。実は私も、同じ夢を見ました」
と、言うので、さっそく惣兵衛は、島の内の市兵衛さんのところへ出かけて行って話しをしますと、市兵衛はすぐにとらを貸してくれたのです。
とらを抱いて家へ着くと、ぶちネコが玄関に座って出迎えました。
二匹は仲良くご飯を貪べると、庭へ出て、今が盛りの桜の下で舞い落ちる花びらにじゃれあって楽しく遊んでいました。
夜になるとネコは夫婦の夢に現れて、二人に語りかけます。
「いよいよ、明日の夜は化けネズミを退治します。日が暮れましたら、わたしたちを二階にあげてください」
そして次の日、夫婦は二匹のネコを日が暮れると言われた通り二階にあげました。
家の者は、心配そうに夜のふけるのを待ちました。
すると突然、二階で物音がしたかと思うと、『ドシン!』、『バタン!』と物を落すような音や、走りまわる音がします。
フギャー!
チューチュー!
長い長い時が過ぎて、やっと二階の物音が止むと、あたりはしーんと静まりかえりました。
「それっ」
惣兵衛が灯りを持って二階ヘかけあがると、なんとネコよりも大きなネズミが倒れていたのです。
大ネズミは、ぶちネコにのど首をかまれたまま死んでいます。
そしてそのぶちネコも、大ネズミに頭をかまれて死んでいました。
島の内のとらはと見れぱ、大ネズミの腹にかみついたまま虫の息です。
さっそく手厚い治療をすると、とらは命を取り留める事が出来ました。
惣兵衛はとらネコを抱いて市兵衛宅へ出かけると、あつくお礼をのべて帰ってきました。
死んだぶちネコは桜の木の根元に、千代が墓を立ててほうむったという事です。
おしまい
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