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百物語 第八十六話
テッジ
東京都の民話
むかしむかし、八丈島(はちじょうじま→東京都)に、菊池虎之助(きくちとらのすけ)と、いう神主(かんぬし)さんがいました。
虎之助はある時、庭に八本柱のりっぱな蔵(くら)をつくりましたが、なん日かすると家の人が、
「夜になるとあの蔵に、何にやらえたいの知れないバケモノが出るんです」
と、いいだしたのです。
「神さまをまつっている神主の家の者が、自分の家にバケモノが出るとはなにごとだ! だいたいバケモノなど、この世にはいないんだ。しっかりしろ!」
虎之助は、しかるようにいいました。
それでもやはり夜になると、蔵の中でおかしな物音がすると、家の人がいうのです。
虎之助は、
「いつまでもバカな事をいっているではない。夜になると物音がきこえるというのは、新しい蔵の方がいごこちがいいというので、家にいるネズミどもがひっこしでもしたんだろう」
と、話しを聞いてくれません。
けれども、こんな話しがうわさとなって島中に広がりだしたら大変です。
そこで虎之助は、島の若者たちにたのんで、しばらく蔵の中で寝てもらうことにしました。
次の日の朝、蔵の中から出てきた若者にたずねると、若者たちはニコニコして、
「まだまだ新しい木のかおりがして、まるで極楽(ごくらく)にいるようでした。朝まで一度も目をさましませんでしたよ」
と、答えました。
「それみろ。つまらないことをいわずに、お前たちも今夜から蔵の中で寝たらどうだ? ぐっすり休めるぞ。あはははは」
虎之助は、これで家の人も安心しただろうと思いましたが、ところが次の日の朝になると、若者たちは青い顔をして蔵の中から出てきたのです。
「何か、あったのかね?」
虎之助が、たずねると、
「夜中に蔵がギシギシとゆれだして、昨日の夜はぜんぜんねむれませんでした。いつ蔵がつぶれるかと思いました。もう、こんなおそろしいところに寝るのはいやです!」
若者たちは、逃げるようにして帰っていきました。
そこで虎之助は夜になると、刀(かたな)を手に庭のかたすみにかくれて、自分でようすをうかがうことにしました。
蔵のわきにある大木のてっぺんの枝に、ちょうど十三夜のかけた月がかかったときです。
ザワザワと、うら山の木々がさわぎだしました。
そして二メートルをこえる大きなかげのようなものが、風にのって林の中から走ってきたかとおもうと、蔵の戸口にとりついて、カギのかかった戸を無理やり開こうとゆさぶりはじめたのです。
蔵は船のように、グラグラとゆれだしました。
そのとき、人の気配を感じたのか、大きな黒いかげがふりむきました。
茶わんほどもある大きな目玉が、白く光っています。
口からはくいきはほのおのように赤くもえて、葉っぱをまとった体のむねから上ははだかです。
そして長くたれさがった右のおっぱいを左のかたに、左のおっぱいを右のかたの上にひっかけていました。
「あいつは、テッジだな」
虎之助は、つぶやきました。
テッジというのは、八丈島の山の中にすんでいるというバケモノです。
虎之助は信じていませんでしたが、そいつはいたのです。
(けれども、どうしてそのテッジが、新築したばかりのわしの家の蔵へやってきたのだろう)
テッジは戸をあけようとして、またはげしく蔵をゆすりました。
(あんなバケモノに蔵をつぶされてなるものか。神主の家がバケモノにねらわれているなんて、大わらいではすまされぬ。よし、今だ!)
虎之助は手にしていた刀のさやをはらいのけると、両手ににぎりしめて走っていきました。
そして体当たりするように、テッジのからだに刀をつきさしました。
「ギャオーッ!」
ふいをくらったテッジは大声をあげて身をひるがえすと、風のようにうら山へにげていきました。
つぎの日の朝、虎之助は家の者と一緒に、血のあとをたどって山へ入っていきました。
てんてんとつづく血のあとは、大きな岩の前できえています。
しかしその血は赤ではなく、たまごのきみのように、黄色だったという事です。
おしまい
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