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日本のふしぎ話 第27話
お坊さんに手を貸した男
東京都の民話
むかしむかし、江戸(えど→東京都)に、右筆(ゆうひつ)をつとめる男が住んでいました。
右筆とは、殿さまにつかえて字を書く仕事で、今でいえば書記のようなものです。
ある朝、この男が家の門を出ると、一人の坊さんに出会いました。
坊さんは、男のそばへ寄ってくると、
「ぶしつけな願いじゃが、あなたの手をしばらく貸していただけませぬか。これから書の会に出ねばなりませぬのでな」
書の会とは、おたがいに字を書いて見せ合う集まりです。
とつぜん見も知らぬ人から手を貸せといわて、男はビックリ。
「手を貸すとは、どのような事ですかな?」
と、たずねると、
「いや、ベつになんという事もござりませぬ。ほんのしばらく、あなたの手をお貸しいただければよろしいので」
変だなと思いましたが、相手はお坊さんなので、
「まあ、いいでしょう」
と、答えてしまいました。
ところがその日から、殿さまのご用もあるのに、紙を前にするとまったく手が動かないのです。
右筆は、困りはてて、
「字のかけぬ右筆など、なんの役にも立たぬ」
と、いつ首になるかも知れないと思っていました。
ところが三日目のタ方、右筆の家に、あのお坊さんがやってきて、
「あなたさまのおかげで、命びろいをしましたわい。ありがとうございました」
と、いかにもうれしそうに礼をのベて、
「これといって、大したお礼もできぬが」
と、何かを書いた紙を出すと、
「これは火をふせぐ力を持っております。もしお近くで火事がありましても、これがありますと、もらい火はまぬがれまする」
と、いって、右筆の手に紙をわたしたかと思うとさっと、すぐにどこかへいってしまいました。
その日から右筆の手は、もと通りに字が書けるようになりました。
右筆は殿さまにめいわくをかけたといって、おわびのしるしにお坊さんにもらった火難よけの紙をさし出しました。
殿さまはその紙を掛け軸職人に出して立派な掛け軸にすると、いつも床の間にかけていました。
それからあと、何度も家敷の近くに火事がありましたが、この家だけはいつも無事でした。
「これはまた、なんとありがたいものであろう。家宝にいたそう」
と、殿さまは大喜びです。
そして万が一にもぬすまれては大変と、土蔵(どぞう)の中へ大事にしまっていました。
ところがそれから数日後、近所に火事がおこりました。
急いで掛け軸をとり出しにいきましたが間に合わず、屋敷は灰になってしまいました。
でも、掛け軸がある土蔵だけが焼けずに、ポツンと一つ、広い焼けあとの中にのこっていたという事です。
おしまい
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