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        日本の有名な話 第26話 
         
          
         
牡丹灯籠(ぼたんどうろう) 
京都府の民話 
       むかしむかし、京の都の五条京極(ごじょうきょうごく)に、荻原新之丞(おぎわらしんのじょう)という男がすんでいました。 
   まだ若い奥さんに死なれたため、毎日がさびしくてたまらず、お経をよんだり歌をつくったりして、外へも出ないで暮らしていました。 
   七月の十五夜の日の事、夜もふけて道ゆく人もいなくなったころ、二十才くらいの美しい女の人が、十才あまりの娘をつれて通りかかりました。 
   その娘には、ぼたんの花の灯籠(とうろう→あかりをともす器具)を持たせています。 
   新之丞(しんのじょう)は、美しい女の人に心をひかれて、 
  (ああ、天の乙女(おとめ)が、地におりてきたのだろうか) 
  と、つい家を飛び出しました。 
   新之丞が声をかけると、女はいいました。 
  「たとえ月夜でも、かえる道はおそろしくてなりません。どうかわたくしを、送ってくださいますか?」 
  「ええ。でも、よろしければ、わが家へきて、ひと晩おとまりなさい。遠慮はいりませぬ。さあ、どうぞ」 
   そういって新之丞は女の手をとり、家へつれてもどりました。 
   新之丞が歌をよむと、女もすぐにみごとな歌でかえすので、新之丞はうれしくてたまりません。 
  (美しいだけでなく、教養もあるとは。実に素晴らしい) 
   すっかりしたしくなって、時がたつのもわすれるうちに、東の空が明るくなりかけました。 
  「人目もありますので、今日はこれで」 
   女はいそいそとかえっていきましたが、それからというもの、女は日がくれると必ずたずねてきました。 
   ぼたんの花の灯籠を、いつも娘に持たせて。 
   新之丞は、毎日、女が来るのが楽しみでなりません。 
   そして、二十日あまりが過ぎました。 
   たまたま家のとなりに、物知りなおじいさんが住んでいました。 
  「はて、新之丞のところは一人きりのはずだが、毎晩若い女の声がしておる。うむ、・・・どうもあやしい」 
   おじいさんはその夜、かべのすきまから新之丞の家の中をのぞきました。 
   すると新之丞があかりのそばで、頭から足の先までそろった白いガイコツと、さしむかいで座っているのです。 
   新之丞が何かしゃべると、ガイコツがうなずきます。 
   手やうでの骨も、ちゃんと動かします。 
   そのうえガイコツは口のあたりから声を出して、しきりに話をしているのでした。 
   あくる朝、おじいさんは新之丞の所へ行き、たずねました。 
  「そなたのところへ、夜ごとに女の客があるらしいが、いったい何者じゃ?」 
  「そっ、それは・・・・・・」 
   新之丞は、答えません。 
   それでおじいさんは、昨夜見たとおりのことを話したうえで、 
  「近いうち、そなたの身にきっとわざわいがおこりますぞ。死んで幽霊となりまよい歩いているものと、あのようにつきおうておったら、精(せい)をすいつくされて、悪い病気にむしばまれる」 
   これには新之丞もおどろいて、今までの事をありのままにうちあけたのでした。 
  「さようであったか。その女が万寿寺(まんじゅじ)のそばに住んでおるというたのなら、行って探してみなされ」 
  「はい、わかりました」 
   新之丞はさっそく五条(ごじょう)から西へ、万里小路(までのこうじ)まで行って探しました。 
   しかし一人として、それらしい女を知る人がありません。 
   日がしずむころ、万寿寺(まんじゅじ)の境内(けいだい)へ入って休み、北の方へ足をむけると、死者のなきがらをおさめた、たまや(→たましいをまつるお堂)が一つ、目にとまりました。 
   古びたたまやで、よく見たところ、棺のふたにだれそれの息女(そくじょ→みぶんのある娘をさす言葉)なになにと、戒名(かいみょう→死者につける名前)が書きつけてありました。 
   棺のわきに、おとぎぼうこ(→頭身を白い絹で小児の形に作り、黒い糸を髪として、左右に分け前方に垂らした人形)、とよばれる子どもの人形が一つ、また棺の前には、ぼたんの花の灯籠がかかっていました。 
  「おお、まちがいなくこれじゃ。このおとぎぼうこが娘に化けていたのだな」 
   新之丞はこわくなって、走って逃げ帰りました。 
   家へ戻ったものの、夜にまた来るかと思うと、おそろしくてたまりませんので、となりのおじいさんの家にとめてもらいました。 
   それからおじいさんに教わって東寺(とうじ)へいき、そこの修験者(しゅげんじゃ→山で修行する人)にわけをうちあけて、 
  「わたくしは、どうしたらよいのですか?」 
  と、たずねました。 
   すると、 
  「まちがいなく、新之丞殿は化け物に精をすいとられておられますな。あと十日も、今まで通りにしておったら、命もなくなりましょう」 
   修験者はそういって、まじないのお札を書いてくれました。 
   そのお札を家の門にはりつけたところ、美しい女も、灯籠を持った娘も、二度と姿を見せなくなったのです。 
   それから、五十日ほどが過ぎました。 
   新之丞は東寺へでかけて、今日までぶじに過ごせたお礼をしました。 
   その日の夜、お供の男を一人つれていたので、東寺を出てお酒を飲みましたが、お酒を飲むと、むしょうに女に会いたくなって、お供の男が止めるのも聞かず、万寿寺(まんじゅじ)へ出かけていったのです。 
   万寿寺に着くと、あの女が現れ、 
  「毎晩、お会いしましょうと、あれほどかたくお約束をしましたのに、あなたさまのお気持ちがかわってしまい、それに、東寺の修験者にも邪魔をされて、本当にさみしゅうございました。・・・でも、あなたさまは来てくだされました。お目にかかれて、本当にうれしゅうございます。さあ、どうぞこちらへ」 
  「うむ、そなたにつらい思いをさせるとは、まことにすまん事をした。そなたが何者でも構わぬ。これからは、二度と離れぬ」 
  「・・・うれしい」 
   新之丞は女に手を取られて、そのまま奥の方へ連れて行かれました。 
   後をつけてきたおともの男は、腰を抜かすほどビックリして、 
  「た、たっ、大変だ! 新之丞さまが、あの女にさそいこまれて、寺の墓地の方へ!」 
  と、となり近所にいってまわりました。 
   それで大さわぎになり、みんなして万寿寺の北側の、たまやがある所へ行ってみました。 
   しかし新之丞は棺の中へひきこまれて、白骨の上へ重なるようにして死んでいました。 
   女に精を吸い取られて、新之丞は老人のようにやつれていましたが、その口には笑みが浮かんでいました。 
   万寿寺では気味悪くおもって、そのたまやを別の場所へ移しました。 
   しばらくして、雨がふる夜には新之丞と若い女が、ぼたんの花の灯籠を持った娘とともに京の町を歩く姿が見られ、それを見た者は重い病気にかかるとうわさが立ちました。 
   新之丞の親類(しんるい)の人たちが手厚く供養(くよう)をしましたが、たましいがまよい歩かないようになるまでには、かなりの時間がかかったという事です。 
      おしまい 
         
         
        
       
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