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百物語 第九十二話
食わず女房
群馬県の民話
むかしむかし、あるところに、とてもけちな男がすんでいて、いつもこう言っていました。
「ああ、仕事をうんとするが、ごはんを食べない嫁さんが欲しいなあ」
そんな人がいるはずないのですが、ある時、一人の女が男の家をたずねてきて、
「わたしはごはんを食べずに、仕事ばかりする女です。どうか、嫁にしてくださいな」
と、言うではありませんか。
それを聞いた男は大喜びで、女を嫁にしました。
男の嫁になった女は、とてもよく働きます。
そして、ごはんをまったく食べようとしません。
「ごはんは食べないし、よく仕事をするし、本当にいい嫁じゃ」
ところがある日、男は家の米俵(こめだわら)が少なくなっているのに気がつきました。
「おや? おかしいな。嫁はごはんを食べないはずだし」
とりあえず、男は嫁に聞いてみましたが、
「いいえ。わたしは知りませんよ」
と、言うのです。
あんまり変なので、次の朝、男は仕事に行くふりをして、家の天井にかくれて見張っていました。
すると嫁は、倉(くら)から米を一俵かついできて、どこからか持ってきた大きなカマで一度にたきあげました。
そして塩を一升(いっしょう→1.8リットル)用意すると、おにぎりを次々とつくって、山のように積みあげたのです。
(お祭りじゃあるまいし、あんなにたくさんのおにぎりをつくって、どうするつもりだ?)
男が不思議そうに見ていると、嫁は頭の髪の毛をほぐしはじめ、頭のてっぺんの髪の毛をかきわけました。
すると頭のてっぺんがザックリと割れて、大きな口が開いたのです。
嫁はその口へ、おにぎりをポイポイ、ポイポイと投げ込んで、米一俵分のおにぎりを全部食べてしまいました。
こわくなった男はブルブルとふるえましたが、嫁に気づかれないように天井からおりると、仕事から帰ったような顔して家の戸をたたきました。
「おい。今、帰ったぞ」
すると嫁は、いそいで髪の毛をたばねて頭の口をかくすと、
「あら、おかえりなさい」
と、笑顔で男を出むかえました。
男はしばらく無言でしたが、やがて決心していいました。
「嫁よ、実は今日、山に行ったら山の神さまからお告げがあってな、『お前の嫁はええ嫁だが、家においておくととんでもないことになる。はやく家から追い出せ』と、言うんじゃ。だからすまないけど、出て行ってくれんか?」
それを聞いた嫁は、あっさりといいました。
「はい。出て行けと言うのなら、出て行きます。でもおみやげに、風呂おけとなわをもらいたいのです」
「おお、そんなものでいいのなら、すぐに用意しよう」
男が言われた物を用意すると、嫁さんがいいました。
「この風呂おけの底に穴が開いていないか、見てもらえませんか?」
「よしよし、見てやろう」
男が風呂おけの中に入ると、嫁は風呂おけになわをかけて、男を入れたままかつぎ上げました。
ビックリした男が嫁の顔を見てみると、嫁はなんと、鬼婆(おにばば)にかわっていたのです。
鬼婆は男を風呂おけごとかついだまま、ウマよりもはやくかけ出して、山へと入っていきました。
(こ、このままじゃあ、殺される! じゃが、どうしたら?)
男はどうやって逃げようかと考えていると、鬼婆が木によりかかってひと休みしたのです。
(今じゃ!)
男はその木の枝につかまって、なんとか逃げだすことができました。
さて、そうとは知らない鬼婆は、またすぐにかけ出して鬼たちがすむ村へ到着しました。
そして、大きな声で仲間を集めます。
「みんな来い! うまそうな人間を持ってきたぞ」
仲間の鬼が大勢集まってきましたが、風呂おけの中をのぞいてみると、中は空っぽです。
「さては、途中で逃げよったな!」
怒った鬼婆は山道を引き返し、すぐに男を見つけました。
「こら待てー!」
「いやじゃ! 助けてくれー!」
鬼婆の手が男の首にかかる寸前、男は草むらへ飛び込みました。
すると鬼婆は、男の飛び込んだ草むらがこわいらしくて、草むらの中に入ってこようとはしませんでした。
男はブルブルふるえながら、いっしょうけんめいに念仏をとなえます。
鬼婆は草むらのまわりをウロウロしていましたが、やがてあきらめて帰って行きました。
「た、助かった。・・・しかし、なんで助かったのじゃろう?」
実は男の飛び込んだ草むらには、菖蒲(しょうぶ→サトイモ科の多年生草本で、葉は剣状で80センチほど)がいっぱい生えていたのです。
鬼婆は菖蒲の葉が刀に見えて、入ってこれなかったのです。
その日がちょうど五月五日だったので、今でも五月五日の節句には、魔除(まよ)けとして屋根へ菖蒲をさすところがあるのです。
おしまい
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